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第二章 紺碧の空
人口三百人足らずの島では、同じ年齢の子どもはいなかった。一学年下の碧人は親友であり、そして全ての時と全ての思い出を共有する同志だった。小中合わせて八人の学校、何をするにも一緒だった大切な存在。
思春期を迎え自分の中に育った碧人への感情が友達という域を超えて性的なものだと気が付いた。その自分の感情と天秤にかけられたのはあまりにも重い代償、全てを失いかねないという恐怖だった。小さな島で誰もが互いを知っている。この狭い世界の中では自分の恋愛は決して知られてはならないものだと御園も理解していた。
「ね、ねっ、リョウちゃん、昨日のテレビ見た?」
「ん?どの?」
「あれだよ、ほらこうやってさ誰だっけ?歩くやつ......」
当時流行っていた芸人の真似をして腰をくねらせて歩く碧人の姿を見て心臓が止まりそうになる。目のやり場に困る。青い空の下で、けたけたと笑う碧人は陽に焼けた肌とこぼれるような白い歯。自分の中にとぐろを巻く感情が肺を締め付ける。呼吸が出来なくなる。
「馬鹿、よせ」
「なんでさ、最近付き合い悪いよ。高校受験ってそんなに大変?」
甘えたように腕に絡まる碧人をそっと押し戻す。この島には高校はない。都内の高校に進学することは決まっていた。そのことが唯一の救いだった。きっと離れれば、他に友人や恋人が出来れば、胸につかえたおかしな熱も消えていくと考えていた。
「まあ」
「つまらないなぁ、リョウちゃんいなくなったら俺は誰と遊べばいいんだろ」
「千佳だって、紗枝だっているだろ」
「女子ばっかじゃん」
「千佳はお前のこと気にしているみたいだぞ」
揶揄うと、赤面して「違うから」と碧人は全力で否定する。千佳は碧人の同級生だ。その碧人を見る目に自分と同じ熱を見つけた時には逃げ出したい衝動にかられた。そして、たった今自分自身の言葉で、心についていた傷口に塩を塗ってしまった。この場所から一日も早く逃げ出すしかない、それしかなかった。若すぎて逃げる以外の選択肢を模索することはできなかった。
「リョウちゃん、夏休みには帰って来るよね?ね?」
「ああ、多分」
すがるような眼をした碧人を置いて都内の高校に進学した。独り暮らしを始めた時から抑圧されていた欲望のはけ口は碧人に似た背格好の陽に焼けた男になった。都会と言うジャングルでは、異端だと思っていた自分の恋愛が普通の恋愛として存在していた。いつの間にか島での生活は風化して消えていった。救われたそう感じていた。
長期の休みも部活やバイトがあると言う理由を付けて帰らなかった。正月さえバイトを入れることで帰らない理由を作った。
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