第十二章 碧と碧

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 日曜日の夕方には送ろうと思っていたが、まだ体調も本調子ではないようだ。後2、3日ここに置いておいた方が安心だと考えた。  碧稀に下宿先に連絡を入れるように伝える。  しかし寝室を一緒に使う訳にもいかない。今まで手付かずだった小さい部屋を使えるようにしなくてはいけない。既に掃除はされている。カーテンさえない部屋をもうひとつ寝室にするだけなのだが。  土曜日は食事に出てきた時以外は、ほとんど眠っていた。独り置いて出るのも憚られ、全てオンラインで揃えることにした。都内だと当日配送してくれるネット業者もある。夜には布団とカーテンは届くだろう。  他にすることも思いつかないので、数年ぶりに近くのスーパーへ食材を買いに出かけることとした。  「碧稀、とうだ?少し出かけ来るが独りで大丈夫か?」  「あ、はい。大丈夫です」  ベッドから体を起こした碧稀は、少し疲れているように見えたが、はっきりと返事をしてきた。良かったと小さく呟いた言葉がその耳に届いたようだ。  「御園さんに心配してもらえる日が来るとは思わなかったです」  「そんなことはないだろう。スーパーに行ってくるが欲しいものあるか?」  「あ、僕も一緒に行きます」  「ダメだ。まだ寝てろ」  「もう体中痛いくらい寝てます。熱も下がってしまっていますし、少しくらいなら出かけても。スーパーまでは歩いて3分もかかりませんよね」  「いい子で待っていてくれ。風呂入りたかったら勝手に使っていいよ」  碧稀は右腕を顔に近づけ、すんと匂いを嗅ぐような仕草をした。  「僕、匂いますか?汗かきましたから。じゃあ、シーツ交換しておきますね」  少しぐらい甘えて欲しい。付き合っている相手を徹底的に甘やかして、甘えさせるのが本来は好きなのだ。まだ、付き合っているわけでもない相手にそこまで伝えることはしないが。多少は……。  「後で俺がやってやる。すぐに戻るからシャワー浴びてゆっくりしてろ」  頭に手を乗せるとぴくんと碧稀が反応した。ふっと笑うと、赤くなる。悪くない。  「いってらっしゃい」  「ああ、すぐ戻る」  こんな些細なやり取りが楽しい。かさかさと乾いた風が通り抜けるだけの部屋は今暖かい場所になっている。まだ名前のない関係だけれどもそれでも一緒に過ごす時間がとても柔らかいと御園は思った。
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