第十二章 碧と碧

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 気持ちを認めてしまえば後は坂を転がるように落ちていく。二人で過ごす時間が満ちていく。碧稀が笑う。出会った頃よりも幼い表情で。着古されたスウェットを着てソファに体を預けている。自分の服を着ているだけだというのにこの征服感。伸びた衿元からちらりとのぞく素肌。自分が欲情しているのをどうにかこうにか、なけなしの理性で抑える。病気の相手を押し倒してしまいそうになる。藍稀はそんな御園の気も知らずに楽しそうにDVDコレクションを眺めていた。  「御園さん、映画好きなんですね」  「結構好きだね。こういうのは見ないの?」  「SFですよね、見た事ないです」  「一緒に見るか?」  「面白そうですよね。え?エピソード1から見るんじゃないのですか?」  御園が手に取ったDVDを見て藍稀が驚いた声を出す。  「まあ、1回目はエピソード4から見る。2回目見る時に1から見ればいい」  「2回?何時間かかるんだろ」  「今日見るとは言ってないよ。これから少しずつな」  碧稀は下を向くとしばらく考え込んでしまった。映画のことではないだろう。体調の悪い時につけ込んで丸め込むのは嫌だ。だから日を改めて今後のことは話したいと考えていたが、そのこと自体はまだ伝えていなかった。二人で居る時間の楽しさに今はこのままで良い気がしていたのだ。  「あの、今聞いておかないとこのまま有耶無耶にされそうで。これからってことは、今後もあるってことですよね。それってどういう関係なのでしょうか。僕は御園さんが好きなのです」  「体調が戻ったらと思っていたが、逃げだな。すまない」  「どういう意味ですか」  「好きだよ。もうずっと前から君に惹かれている」  「え、それって……」  「一番近くで藍稀のこれからをできるだけ長く見ていたいと思っているよ」  碧稀は嬉しそうに笑った。「まさか保護者としてなんて言わないでくださいね」とふざけながら。  碧稀が少し首を竦めてすんと鼻をすする。涙ぐんでいるように見えた。自然とつられて笑顔になる。これからだ。けれども今のこの瞬間がそう長く続かないのは承知している。それでも一歩を踏み出してみようと思ったのだ。  手にしていたDVDをテーブルの上に乗せるとソファに座った碧稀に覆い被さる。閉じた瞼に優しく唇で触れる。ぴくりと碧稀が反応する。触れる柔らかな睫毛が唇をくすぐる。何もかもが愛おしい。少し荒くなった呼吸は風邪のせいなのか。それとも。御園は微かに震えるその唇を覆うように深く口づけた。  碧稀は、涙を湛えたその瞳をゆっくりと開いた。  「御園さん?」    「ああっ!」  御園は大きく叫び勢いよく体を起こすと、髪の中に両手を入れ頭をがしがしとかいた。大きく息を吐くとテーブルに乗せたDVDを手に取りモニターのスィッチをいれた。    「悪い、俺も聖人君子ではないからさ」  「あの、僕はかまいませんよ」  「駄目だ。まだ社会にも出てない子どもに手は出さない」  子どもと言われて少し不服だったのか。碧稀は下を向いてしまった。  「そうでしたね。ガキは対象外でした」  「そう捻くれるな」  御園は碧稀の頭に手を乗せると優しく撫でた。あそこで踏みとどまった自分を自分で褒めてやりたいと心の中で思いながら。
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