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第十三章 碧玉
社会人の一週間が終わるのは早い。気がつけば金曜日の夜になっていた。ようやく一週間が終わったと仕事を終えデスクを後にした。
いつもと変わらない一週間、けれどその日はいつもの金曜日とは違っていた。会社前のガードレールに腰掛けて御園を待っていた若者がいた。
「御園さん!」
「藍稀?どうしたんだ?」
「金曜日だから、その……待ってみようかなって」
照れたような物言いが可愛い、くすりと小さく笑ってしまう。
「笑わないでください、今日の夜のご予定は?」
「予定は家に帰ることだな」
「じゃあ僕の行きたい方向と同じですね」
「そうなのか?」
ふふふと笑う顔が可愛い。横を跳ねるように歩くのが可愛い。もう絆されてしまっている。
「飯、どっか行くか?」
「いえ、あの僕作りたいです。一緒にゆっくり食べたいです」
「焼肉でなくて良いのか?」
「はい」
並んで歩く。右側がなぜかくすぐったい。
メールの返事かそっけないですと苦情を言われたが、学校の話をされても答えようがないのだ。
「御園さんも仕事の愚痴とか僕に言ってくれれば良いのに」
「いや、それは無いだろう」
「だって付き合っているんですよね。いろいろな感情を分け合いたくないですか?」
若いと思う。考え方も行動も。なぜこんな若い子にと思うのだかが、感情だけはどうにもならない。中身があるようでない話をしながら歩く、それだけで気分が上がる。
自宅のある駅の改札から出たときに、声をかけられ振り返った。近づいてきたのは鈴木絆だった。
「こんばんは、御園さん」
「あ、ああ」
鈴木は探るような目で、碧稀を見つめた。そしてにっと笑った。
「あれ?……ああそうですか、今日は都合が悪そうですね。また今度」
その後ろ姿を見送った碧稀が口を開いた。
「……御園さん、今の人」
「ん?」
「いえ、あの人のつけている香水の匂いは僕は嫌いです」
それだけ言うと藍稀は黙り込んでしまった。何が言いたいのか分かる。妙に悪いことをした気になり、つい言葉数が減ってしまった。
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