第十三章 碧玉

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 「服は俺のを貸そう」  耳まで真っ赤になった碧稀は頷くだけだった。バスルームへ消えていった後、シャワーの音より先に洗濯機が回る音がした。  洗濯機の上にジム用の上下と新しい下着を置いてやる。半透明の扉の向こうに藍稀の身体のシルエット薄く透けて見える。扉を押し開けて中に入りたい気持ちがむくむくと起きる。  「はあ、そろそろ限界かもしれん」  独り言は洗濯機とシャワーの音にかき消されて消えていった。しばらくは聖人君子として振る舞うしかないのだと諦めた。  「御園さん?」  ドライヤーの音が消えてすぐ碧稀がリビングに戻ってきた。  「少し大きいか?」  身長は御園より少し高いはずだが、身体は御園よりも幾分か細いのだ。  「あの今日……」  「ピザ頼むか」  ソファに腰を下ろすとその横に縮こまった碧稀が座った。拳二つ分の距離を空けて。その距離から伝わる緊張が皮膚をくすぐる。  「俺も大概だな」  「え?」  駆け引きはするくせにその先へは倫理観をかざして進まない。そして自分の限界もそこまで来ているのに格好つけようとしている。  「いや、何でもないよ」  注文したピザが届くまで碧稀の学校の話を聞く。楽しそうに話すその顔を見ているだけで楽しくなる。  「御園さんの会社ってどんなことしているのですか?」  興味があるのか身を乗り出して話を聞いている。卒業したら家業を手伝うしかないと考えていたはずだ。他の選択肢(仕事)の事など今まで考えたことも無かったのだろう。将来は自分で決めるもの誰かに決められるものでは無いと諭した。  大学へ進めばより広い視野を得られるだろう。親の援助がなくてもやっていく方法はいくらでもある。考えてご覧という言葉にしっかりと頷く若者を見る。そこに自分の本音が見えていないことに安堵した。 相手のためと表では言いながら来年の春以降のことを危惧している。東京(ここ)に囲ってしまおうとしている。選択肢を増やしてやっているのではなく、自分の手元からどうしたら離さずに済むのか、そればかり考えているのだ。  
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