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束の間の休戦が終わりを迎えたのは一年後の春だった。碧人が同じ高校へと進学してきたのだ。親戚の家に居候にすることになった碧人は独り暮らしの自由さに憧れて何かと理由を付けては、御園のアパートに遊びに来くるようになった。
「リョウちゃん。今日、泊まりに行ってもいい?」
「来るな」
「なんで?おばさん達、今日から旅行だし、土日はリョウちゃんところに行けばいいって母ちゃんも言ってたしさ」
碧人は真っ直ぐな目をしている。相手が自分にどんな感情を抱いているのか、どんな欲望を隠しているのか知りもしないで笑っている。苦しくて息もできないほど焦がれているのに。
「今日は友達が来る、だから駄目だ」
「え、誰?ね、俺の知っている人?一緒に遊ぼうよ。ね?」
今日は学校の誰にも知られていないトクベツな友人が来る日だ。碧人に誰が来るなどと言えるはずもない。駄目だの一点張りで話を終わらせた。
そうやって追いやった結果、図らずも碧人に自分の恋愛対象が男だと露呈することになってしまうとは考えもしなかった。
「……ちょっと待って、鍵が見つからない」
「待てない。先週も島の幼馴染だか、後輩だかが来るとかでお預けくらったんだから。二週間ぶりだっつーの」
「田辺、止せって。外では盛るなって」
「誰もいないから大丈夫」
半年前から付き合う事になった田辺とはバイト先で知り合った。この男は容姿も性格も碧人とは似ても似つかないが、純粋にセックスだけを目的として会ってくれることが何よりありがたかった。
休憩時間にバックヤードで見ていた田辺の携帯画面に見覚えのあるアプリが見えたことがきっかけだった。相手を探しているのかと声をかけ、その日のうちに関係を持つようになった。大学生だということと名前だけは知っている、それ以上何も知らない。互いにそれ以上は知りたくないし、知る必要もなかった。
リュックの中に手を突っ込み鍵を探してかき回している時に、田辺がいきなり後ろから顎を掴みぐいと自分の方へ引き寄せた。退屈しのぎの遊びのつもりだったのだろうか御園の顎をかじった。ふざけて仕返しだと、口づけた。それを何かのきっかけとしたのか、田辺の手が首に回る。そして、膝を両足のあいだに割り込ませると腰を擦り付けてきた。
「えっ?!り、リョウちゃん?ごっ、ごめん」
その声に頭から冷水を浴びせられた。ばたばたと走り去る足音が聞こえた。あれほど来るなと言っておいたのに、碧人が走り去る後ろ姿がそこにあった。
「アオっ!待て」
慌ててあとを追いかけようとすると、田辺に肩を掴まれた。
「何だよ?俺が優先だろ、お前じゃなくても相手なんかいくらでもいるんだ」
「ちがう、違うから。今日はもう……」
「は?今日は?馬鹿にするなよ。二度と連絡してくるな!」
田辺はドアを強く蹴飛ばすと御園を睨み付けて帰っていった。御園は誰も居なくなった通路を見つめて動けなくなっていった。碧人を追いかけて何を言えば良いのか思いもつかない。独りアパートのドアに寄りかかり両手で顔を覆うとずるずると床に落ちるように座り込んでしまった。
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