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第十四章 碧緑
帰りたくなさそうな碧稀を送り届け、夜遅くにマンションまで戻った。童心に返ったように笑い、はしゃいだ1日だった。思い出してもつい頬が緩む。
季節が進んだのか夜は冷え込むようになってきた。人肌が恋しくなる時期かと、がらんとした部屋を見渡しながら考えた。
自分の誕生日が来るということさえ意識していなかった。そもそも先月の碧稀の誕生日の埋め合わせもできていない。何かしてやりたいと思っていたのに。
「明日はどうするかな」
携帯を開くと少し考えて連絡先にある桜井の番号をタップした。電話が終わると碧稀にメール一つだけ入れ、明日の朝は早くなるなと軽くシャワーを済ませ眠りについた。
桜井と羽山の住むマンションの下に車を停めた。助手席に乗る碧稀に「すぐ戻る」と声をかける。
部屋の番号を呼び出すと桜井がすぐに降りてきた。
「朝早くから悪いな」
「いえ、問題はありません。こちらです」
桜井から鍵とメモを受け取った。
「恩にきるよ」
「羽山さんにでなく私に直接連絡くださったのが嬉しいです」
「お礼はするよ」
USBを差し出すと桜井がにっと笑った。入社式の写真と新歓の時の羽山の写真が数枚。それとアメリカでの写真が入っている。つい悪戯心でワシントンまで必死に駆けつけて来た桜井の泣きそうな顔も入れておいた。まあ言う必要はないだろうが。
「こちらは喜んで受け取らせていただきますが、どうぞご心配なく、私には大きな借りがありますから。これで帳消しとはならないくらい大きいと思っています」
以前、羽山に聞いた桜井の別荘。そこを借りたのだ。世の中は三連休の中日、どこかへ連れて行くにも当日では何の準備も出来ない。
「意外だな、そんな風に思っているのか」
笑うと真剣な顔で「もちろんです」と返された。それから少し考えるような間の後、小さく息を吐くと桜井がもう一度口を開いた。
「あの、御園さん。私には何も言う権利はないのですが、相手は問題のある人ではありませんよね」
「うーん、問題ないとも言い切れないが。まあ、そのうちに紹介するよ」
桜井の立っている場所からは助手席の碧稀は見えないだろう。今はまだ紹介する時期ではない。多分そうだ。それじゃあとエントランスホールを出ようとした時に桜井の後ろの自動ドアが開き羽山が桜井越しに顔を覗かせた。
「御園?」
「羽山さん、起きたのですか?」
「あ、羽山おはよう。朝から騒がせて悪いな」
「いや、そうか御園か」
ほっとしたような羽山の顔に揶揄ってやりたい気持ちが起きた。
「何?桜井が誰に会っているのかと心配した?」
「違う!そうではなくて……夜遅くに誰かと電話で話していて、その、朝早くからきちんと服を着替えていたから、その」
桜井が赤面した。その横で羽山も赤くなっている。
「俺は朝から惚気られているのか」
妬かれて嬉しい男と、自分の勘違いに赤面している男が二人。
「羽山は相変わらず可愛いなぁ」
「御園さんっ!」
「御園っ!」
二人の声がシンクロした。
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