第一章 碧玉の海

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第一章 碧玉の海

 何が正解で何が間違いなのか、誰にも分からない。  選んだ道が望んだ道ではなかったとしても時計(とき)は巻き戻せない。通り過ぎた道は一歩進むごとに後から朽ち果てていく。戻ることもやり直すことも許してはくれない。選ばなかったその道の先がどうなっているのかは誰も知る術はないのだ。  御園凌馬(みそのりょうま)はパソコンの電源を落とすと大きく伸びをした。  「っ、いってぇ。運動不足だな」  年齢が上がるにつれ思い通りにならないことばかりが増えていく。自分の体さえそうだ。  「お、御園、もう上がれるか。飯でも食いに行かないか」  目が合った同期の社員が声をかけてきた。  「いや、今日は野暮用があるから。また誘ってくれ」  軽く手をあげ立ち上がった。真っ直ぐ帰宅するつもりはなかった。かといって同期ととりとめのない話をしながら食事をする気にもなれなかった。久々に(くだん)の店に顔を出してみようと御園は考えていた。  『なあ自分の心に素直になれよ、我儘を言っても許されるんだ。おまえはどうしたい?』  あの日、そう問うていたのは自分のはずなのに、その言葉はブーメランのように戻って来て自らの心を殴打した。人の気持ちが思い通りになるのなら何の苦労もいらない。自分の心を差し出して、相手の心が同じように返って来るのは互いの想いの温度が同じ時だけだ。どう頑張ってみても相手がある以上、一方通行の感情には戻ってくるものはない、色恋沙汰においてはどうにもならないことだらけだ。  素直に友人の幸せな未来を祝えない。今となっては果たして友人だと思っていたのかさえ怪しい。下心がなかったのかと問われると、下心しかなかったとしか思えない。それなのに狡い奴にはなりきれなかった。もっと若いときのように無謀さがあったら違ったのだろうかと考えてしまう。  自己卑下のまずいループに入っているのは分かっていた。こんな夜は独りで眠りたくはない。ろくな夢を見ないのはわかっている。誰でもいいから隙間を埋めてくれる相手が必要だ。欲を吐き出し、疲れてただひたすら眠りたい。
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