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李成と嶺海
数日後、多少の荷物を抱えた朱嚥は後宮の門前に立っていた。
門の前には以前、夕緋と来た時に見かけた門番が立っており、軽く挨拶を交わす。
「お待ちしておりました、朱嚥様。李成様はお忙しい為、私が案内致します」
「あ、どうも」
門番に案内されながら朱嚥は以前通った記憶のある道を後ろから辿っていた。
〈……あれが、新しい管理官かしら〉
〈……あの方以前お見かけしたわよね〉
そんな声が端から聞こえてくる。
後宮は女の園だ。そこに男がいるだけでも物珍しいのに加え、噂話にも花が咲く。
後宮管理官を新しく迎えるということは帝から伝達があっただろうから、なおのこと噂が広まるのは早い。
(怖いなぁ……)
そんな場所に今現在入っていない朱嚥は静かに安堵のため息をついた。
▷▶︎▷
「……こちらです」
しばらくして門番が立ち止まったのは、赤く漆で塗られた立派な扉の前だった。
「中で李成様がお待ちです。……それでは私はここで」
「あ、はい。ありがとうございました。」
門番は頭を下げ、元来た道を辿って行った。
「……ふぅ」
ここでため息を一つ。そして意を決して朱嚥は扉を軽く叩いた。
「……李成様、朱嚥ですが入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ!」
中からいつもの明るい声が聞こえてきた。
「……失礼します」
恐る恐る入って見ると、部屋の中は案外こじんまりとしており、調度品などは殆ど置かれていなかった。
キョロキョロと物珍しそうに部屋を見渡す朱嚥を、李成はニコニコと眺めている。
「朱嚥様、良くぞお越しくださいました。これからご一緒に仕事が出来るとは光栄です!」
「いえ、こちらこそ……なんか、すみません」
朱嚥は李成に促され、彼の前に置いてある上等そうな椅子に腰掛けた。
「朱嚥様、お茶をどうぞ」
椅子の横に置かれた簡易机に茶を置いたのは、先程朱嚥をここまで案内した門番のように屈強な男だった。
「あ、ありがとうございます」
その体格にたじろぎながらも礼を述べた。
「いえ、仕事ですので」
男は無愛想に呟くと、李成の横に立った。
「……あぁ、朱嚥様は彼のこと初めましてですね」
「はい」
「彼は私の書記官で、嶺海と言います」
「よろしくお願いします、嶺海様」
朱嚥が彼に挨拶として握手をしようと手を差し出すと、彼もまた手を握りながら言う。
「よろしくお願いします、朱嚥様。俺……私のことはどうぞ嶺海と。」
「えっ、ですが……」
朱嚥がおろおろと嶺海と李成を交互に見つめると、李成はニコリと笑いこう言う。
「役職は朱嚥様の方が上ですし、それに……私のこともそろそろ李成とお呼びして頂きたいですね」
そう言って今度は二人が朱嚥を見つめる。
「……うぅ、分かりました。では、嶺海さんと、李成さんで」
「まあ、いいでしょう」
渋々といった顔で代替案を提示する朱嚥を見て、李成はクスリと笑った。
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