序話

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序話

__シュッ シュッ 鋭く照らされる剣が空気を裂く音が室内に響く。 剣を振るのは、普通の男よりも遥かに背丈が小さく、小柄な武官だ。 剣を振るたびに額に浮かんだ玉のような汗が飛び散る。 その時、コツコツと回廊から足音が聞こえ、足音は部屋の扉の前で止まった。 トントンと扉を叩かれる。 「どうぞ」 小柄な武官の言葉に続いて、扉を開けて入ってきたのは、彼とは対称的な、背の高い屈強な武官だった。 「久しぶりだな(ヤン)、朝餉一緒に食わないか?」 剣を振っていた小柄な武官は剣を置き、「はい」と返事をする。 武官の名は朱嚥(ジュウヤン)。齢18にして、校尉という役職についている。 今から1年程前のこと。 彼は年齢のこともあり、軍部の武官の半数から反感を買っていた。 しかし、朱嚥の戦での活躍を見た瞬間、皆は朱嚥を認め始め、軍部の中でも出世株と一目置かれる存在となった。 そして、朱嚥を誘うこの男。 彼は以前、朱嚥が教えを乞うていた先輩で、朱嚥より3つ年上である。 名は芙楊(フーヤン)と言い、朱嚥と同じく、戦による出世で現在は司空という偉い役職についている。 朱嚥は額の汗と、首元まで垂れた汗を手拭いで拭うと、先程まで振っていた剣を壁に掛け、芙楊と武官用の食堂へと向かった。 ▷▶︎▷ 武官専用の食堂には、幾人か武官が居たが、混雑の時間になるにはまだ早く、他の武官はまだ、ぐーすかといびきを立てて寝ているころだろう。 朱嚥は皿に乗せてある包子(パオズ)を頬張る。 口内には甘味が広がるが、一気に頬張った為、舌を火傷してしまった。 「あ"ぢっ」 朱嚥は慌ててはふはふと口内に空気を取り込む。 横で朱嚥の様子を見ていた芙楊は笑いながら朱嚥と同じように包子を頬張った。 「はは、変わらないな」 「芙楊様、一月ぶりですね」 朱嚥はすずっと音をたて茶を啜る。 「様は辞めてくれと言っているだろ?」 「いえ、芙楊様は年上ですから」 そう言いながら朱嚥は右の掌を芙楊の目前に突き出す。 目の前に手を突き出された芙楊は苦笑し、少し困った顔をした。 「敬ってくれてるのは嬉しいんだが、昔みたいに(ヤン)と呼んで欲しいのだが?」 「言ったことないです。昔も今も芙楊様です」 朱嚥は即答かつ呆れ顔で芙楊を見るが、目の前の芙楊は、そうだったそうだったとへらへら笑いながら、後頭部を掻く仕草をする。 「1年前までは毎日会っていたのになー…」 「僕は、毎日厠までついて来られて大変でしたけどね」 「でもさすがに湯殿にはお供しなかっただろ?」 「どちらも嫌ですよ」 朱嚥は顔を歪め、うへぇと息を吐いた。 対する芙楊は、1年前を思い出しているのだろう。 時々によによと笑っているのが何とも腹立たしい。 「お前は愛想が無いな」 「それは貴方様に対してです」 朱嚥は、無表情で答える。 芙楊は苦笑しながらガシガシと朱嚥の頭を撫でた。 「撫でないで頂けますか?」 「なんだ?照れてるのか?」 「………」 朱嚥は顔を歪め、ちっと舌打ちする。 芙楊は慌てて別の話題を探す。 「そ、そういえば俺が出世したと同時にお前も出世したよなー」 「えぇ、僕は不本意でしたけど」 「そういうこと言うなよ、帝の命だぞ?」 今度は芙楊が呆れ顔で苦笑する。 「__でもまあ、これで一先ず難を逃れられたかと……」 そう言って朱嚥は俯く。 「…お前、家に帰ってないんだろ?」 「…えぇ」 「たまには家に帰れよ?」 「……出来たら」 そう言って朱嚥は席を立ち、仕事場に戻って行った。 芙楊は"ふぅ"と息を吐き、包子の欠片を呑み込んで自身の執務室に戻って行った。
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