お風呂

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お風呂

 テーブルを挟んで、夕食を食べていると、父が神妙な面持ちで私に言った。 「今日から、いっしょにお風呂は止めや」  その言葉を聞いて笑い出した私に、父は少し怒りながら言葉を続けた。 「何を笑ってんねん、加奈、父ちゃんは真剣やぞ」 「どうしたの、急に、私は父ちゃんの背中を洗うの好きやのに」  父は黙ってしまった。 「父ちゃんは私のことが嫌いになったん」  私はテレビのスイッチを切って、じっと父を見つめた。 「誰かに言われたんか」 「言われていない、娘と風呂に入っているなんて、言うわけないやろ」 「言ってもいいねんで、私は友達に話をしてるし」  私が意地悪な言い方をすると、父はテーブルの上のコーヒーを飲み始めた。 「友達は、それを聞いて、何て言った」 「何て、うん、仲がいいのね、って驚いていた」  そういえば、父はいつもお風呂ではしゃぐのに、この二、三日、湯船に浸かっているだけで、元気が無かった事を思い出した。 「お前もいい歳なんだし」 「来年から中学三年生ね」 「そう、受験だろう」  受験とお風呂は関係ないやん。父は私から目を反らし、仏壇の母親の写真をじっと見ていた。 「お母ちゃんが小学生の時に死んで、私は父ちゃんに育ててもらって、感謝してねん。毎日、お風呂で学校での出来事を話すのが楽しみや。それに、母ちゃんが入院して一人になった時も、小梅ちゃんが死んで絶望している時も、いっしょに温かいお風呂に入ると気持ちが落ち着いた」  小梅というのは私が大切に飼っていた猫の名前である。二年前に腎臓を悪くして急死した。父は私に視線を向けず、相変わらず、母の遺影を見ながら、呟いた。 「父ちゃんも楽しかったよ、お前が成長しているのも分かるし・・」  そして、言葉を消すように、咳をした。 「お前、ブラジャーをしてたんやな、自分で買ったんか」  少し間があって、聞こえた唐突な言葉。 「お小遣いで、買ったよ、どうして」  今週のはじめ、マットレスを洗うために、洗濯物を洗濯機から床に出した時、父がじっと見ていたのを思い出した。それまで、私がブラをしていたことに、気付いてなかった事が驚きだった。 「そう、ブラを着けている女と風呂に入っていると思ったらな」  父はそこで言葉を飲み込んだ。小さな沈黙。 「恥ずかしくなってもうたんや、で、昨日、湯船からお前が髪の毛を洗っている姿を、恥ずかしい目で見てたんや。おっぱいも大きなってるし、それに、女っぽい体になっとる」  今更、そんな馬鹿な事を言っている父が、可哀そうになってきた。 「でも、急に身体が変わったわけやないねんで、あそこの毛が生えた時も、生理の時も話をしたやん、そしたら、父ちゃん、大人になるって事やって、説明してくれたやん」  父ちゃんはちょっと、困った顔をした。 「そういうのも含めて反省してんねん、とにかく、年頃の娘が男と風呂に入るのはあかんし、恥ずかしい事や」 「別に、気にせんでもいいで、私、父ちゃんのちんちんは、見慣れてしまったわ、それより、腹の贅肉をなんとかして、ぞっちが恥ずかしいわ」  私は食後のコーヒーを一気に飲み干した。言い返して来ると思ったら、父は何も言わなかった。 「分かった、父ちゃんがそうしたいなら、風呂はやめようか」  私の言葉に、父はこくりと頷いた。  四歳の時から、十年間の父と二人きっりの生活。私が大人になっていく事で、失われるものもこれから一杯あるんやろな。そう思うと、悲しくなってきた。 「父ちゃん、私が結婚する時、泣くやろ」  私が言うと、別室から、また、コホンと咳の音がした。  その後、 「バカ野郎」 という父ちゃんの声が部屋に響いた。 「父ちゃん、ありがとな」 私は心の中でつぶやいた。
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