3 現場へ進む

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3 現場へ進む

 今までいたカフェがある駅前と、死体が見つかったゴミ捨て場は微妙な距離関係にあった。  徒歩で行くには若干遠く、バスで行くまででもない距離。  どちらで行くのか夜市には決定権がなかった。天海が迷うそぶりもなく最寄りのバス停を通り過ぎたからだ。  そのまま堂々と歩く天海の背中を追うこと十数分。天海はふと立ち止まって首を傾げた。 「あれ?」  急に止まられて背中にぶつかりそうになった夜市がたたらを踏んでいると、天海は不思議そうな顔で振り返ってきた。 「バス停ってこの辺りじゃなかったかな?」 「……十分以上前に通り過ぎましたよ」  ボソボソ答える。天海はわざとらしいほど大袈裟に驚いて怒り始めた。 「なんだって! どうして教えてくれないんだい!」 「堂々と通り過ぎるから徒歩で行くと思ったんですよ」 「教えておくれよ!」  腕をばたばた動かして天海は抗議してくる。まるで大きな子供のようだ。  うげぇと顔をしかめながら夜市はそれを眺める。天海はしばらく憤慨していたが夜市が反応しないのを見ると、しぶしぶ事件現場に続く大通りを歩いていった。  駅から出て目的地目指してしばらく行くと、サブカルな店が集まった区域を横切ることになる。交差点で立ち止まった天海は、大げさに額の汗を拭いた。 「ふう、少し疲れたね」 「……そうですか」  実際夜市もかなり疲れていたが、天海に同意するのも癪だったので、興味なさそうな顔で反応する。天海はそんな夜市を振り返り、横断歩道を渡った向こう側を指さした。 「見たまえ、夜市くん。クレープ屋だぞ。疲れたね。君も疲れただろう?」  天海の言う通り、道の向かいにはポップな看板が掲げられていた。その下には若い女性やカップルが何人もたむろしている。 「疲れたのなら糖分は重要だ。科学的にも証明されているらしいぞ。天海(あまみ)だけに」  ぱたぱたとジェスチャーをしながら天海は説明する。その裏に隠された意図には、さすがの夜市もすぐに気が付いた。 「食べたいのなら一人で食べてください」 「そう言うなよ。二つ買ってシェアしようじゃないか」 「女子学生ですかアナタは」  信号が変わり、青になる。まだ主張している天海を置き去りにするつもりで、夜市は横断歩道を渡り始めた。 「ねえ、夜市くんは何味にする? 私は少し肌寒いがあえてアイスを乗せてみようと思うのだが」 「知りませんよ。勝手に乗せていればいいじゃないですか」 「おや、ご機嫌斜めかい? そういう時は温かいスイーツがいいだろう。ほら、向かいにはホットチョコレートが――わわっ」 「きゃっ!」  横断歩道をちょうど渡り切ったところで、背後の天海が変な声を出す。振り向くと、天海がぶつかってしまった若い女性を、腕で受け止めたところだった。 「すまなかったね。けがはないかい?」  低めの声でそう言われ、彼の腕の中にいる小柄な女の子はパッと口を押さえる。 「い、イケメン……」 「ん?」  妙な反応だ。一歩引いたところで夜市がそれを見ていると、長い黒髪の彼女はするっと天海の腕に自分の腕を絡ませた。 「お兄さん、今暇? 私とデートしてみない? タダでいいから!」  可愛らしい猫なで声で女の子は天海にすり寄る。見た目もほとんど少女と言っていいぐらいに若く、黒を基調とした服装も相まって清楚な印象を受ける子だ。しかしその目は、獲物を定めた肉食獣の目そのものだった。  天海はちょっとだけ黙った後、にこりと嘘くさい笑みを彼女に向けた。 「ふふん。初対面で私の良さに気づくとはなかなかお目が高いね。だがそうだな、こっちの彼も見てくれたまえ。よくよく見れば私と負けず劣らずイケメンというやつだよ」 「え? この陰キャくんがー?」  彼女の肩をぐいっと押して、天海は彼女の興味を夜市に向けさせる。彼女は押し付けられたままに夜市に近付くと、下から夜市の顔を覗き込んできた。しっかりとメイクが施された目が、夜市のかけた眼鏡越しに彼を観察する。 「ふーん、ほうほう、これはこれでありかも。うん、新鮮でいいかも!」  何か納得された……?  よく分からないままのけぞっていると、夜市は彼女に腕を取られ、体をすり寄せられた。 「ひっ……!」  咄嗟に手が動き、服の下のナイフに触れる。  駄目だ。今は殺しちゃいけない。暗がりに連れ込んで、口で口をふさいで、それで―― 「っ!」  物騒な方向に傾きかけた思考を現実に引き戻す。駄目だ。いくら僕がそういう殺人鬼(やつ)でも、そんなことをしている場合じゃないことぐらいわかる。  笑顔でこちらを見ている天海を無視し、夜市は彼女の体を押し戻した。 「は、離れてください、というかアナタ誰ですか」  力いっぱい遠ざけたというのに、彼女はその力をするっと流し、夜市の腕に抱き着いてきた。胸の脂肪がむにっと腕に触れる。 「私、宇井ヨミ! 気軽にヨミヨミって呼んでね!」 「ヨ、ヨミヨミ……?」  なんて押しの強い女の子だ。  嫌そうな顔を作っているというのに、ヨミは夜市から離れようとしない。それどころか手の甲に指で触れてくる始末だ。 「うん。ヨミヨミ。可愛いでしょ?」 「はぁ……」 「私実はアイドルやってるの! それで今はマネージャーから逃げててー」 「ええと、へぇ……?」  あいまいな返事を繰り返していると、ヨミはむーっと頬を膨らませた。 「むー。興味なさそうだね。でもそこが逆にいいかも!」  首に手を回され、豊満な胸をぎゅっと体に押し付けられ、夜市は逃げ場を失っていく。  何なんだ。なんでこんな目に。早く帰りたい。それもこれも、そこでにまにま笑っている天海のせいだ。  いよいよ流されそうになったその時、ヨミの小さいカバンからバイブレーションが響いた。ヨミは片手でそれを取り出すと、画面を見てうげえっと顔を歪めた。 「うわ、マネージャーだ」  夜市に体を寄せたまま、ヨミは電話に出る。 「もしもしヨミだけどー。ああうん、佐々土さん? いい加減ウザイんだけど、そろそろ電話やめてくんない? ……え? 歌の仕事決まったの? そういうことは早く言ってよー! 今向かうね、うん、うん、佐々土さん大好き! また仕事取ってきてね!」  密着されているせいで、電話の向こう側から男性の声が夜市にもかすかに聞こえた。きっと彼が佐々土というマネージャーなのだろう。  彼からの電話で一気に上機嫌になったヨミは、カバンの中から一枚のカードを取り出して夜市に差し出した。 「はいこれ」 「え?」 「私の名刺! レアものなんだよ? ほら、ヨミヨミのマーク可愛くない?」  指さされたところに印刷されていたのは、ケーキに妙な顔がついたキャラクターだった。お世辞にも可愛いとは思えない。 「そこに連絡くれたら会いに行くから!」 「へ?」 「絶対連絡してよ? じゃあまたねー!」  手を大きく振りながらヨミは駆けていく。残された夜市は呆然とその背中を見送った。 「いやあ、ああいう子、君は好みなのかい? どうかな?」 「……天海さん、さっき僕を生贄にしましたね?」  夜市はじとっとにらみつける。天海はひょいっと肩をすくめた。 「まさか。君が彼女と好意的な仲になったらどうなるか気になっただけだよ」  その言葉に、夜市は一気に背筋に寒いものが走るのを感じた。  もしかして、ついさっきナイフを抜こうとしたことを気づかれた? 見極めるってもしかしてそういう?  内心怯えながら天海を見る。彼は裏が読めない表情で、ニコッと笑いかけてきた。 「じゃあ現場に向かおうか!」
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