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幸せの道標 19
僕の左手をアーサーが持ち上げて、薬指に接吻を一つ落とした。
胸の奥が、キュンと音を立てる。
そのまま離れると思ったのに、次の瞬間、アーサーはその場所に指輪をそっとはめてくれた。
それは小さなダイヤモンドが控えめに一石ついたプラチナの指輪だった。
シンプルでノーブル、とても美しい粛々とした輝きを放っていた。
「えっ……待って、アーサー? これは、どうして? 指輪なんて……いつの間に? なんで……僕に? あ、あの……聞いていないよ」
頭の中が、こんがらがって……もう支離滅裂だ。
「サイズ、ぴったりだろう。君は俺の星だよ。さぁ俺にもはめて」
リングピローに載せた指輪を渡された。
僕のと全く同じデザインで、まるで中央のダイヤモンドの輝きはランドマークのようだった。
「こんな驚き……知らないっ」
あまりに驚いて視界がじわじわと滲んでいく。
これは幼い頃、何度も何度も屋根裏部屋で読ん絵本の最後の頁。王子さまがお姫様と指輪の交換をして、誓いの接吻を交わす場面だ。
海里と柊一さまに用意したおとぎ話の頁だったはずなのに、何故僕がその中に入り込んでいるの? …………どうなってしまったの?
「瑠衣、そんなに驚かなくても。今回の来日はハネームーンだと言ったが、結婚式をまだしていなかったから企画したんだよ。さぁ……俺の生涯の伴侶となることを誓ってくれるか。君を一生愛し守り続けるよ。もう逃がさない!」
「う……驚いた……驚いたよ」
アーサーが僕を優しく抱き寄せてくれる。
「驚かせてごめんな。さぁ……瑠衣、指輪をはめてくれ。そして誓いを」
「アーサー……僕も君を一生愛し、支え続けます」
君にも指輪をはめると、しっくりした心地になった。
「ありがとう、さぁ誓いの接吻をしよう」
そのまま君が被せてくれたレースのベールの中で、誓約の口づけを交わした。
まるでおとぎ話のような現実が続いている。
「さぁ、幸せなお二人さん、こちらを向いて!」
「海里!」
海里が僕らを、カメラに収めてくれていた。
カシャカシャと小気味いい音が、天まで響く!
「天国の柊一の父上も喜ぶな。懸命に冬郷家に仕えた瑠衣の門出だ! 瑠衣おめでとう!」
「瑠衣おめでとう。父様も母様も理解して下さるはずだよ」
「さぁ次は俺たちの番だ。瑠衣頼めるか」
「あっ……分かった」
そのままの流れで、海里たちの結婚式も始まるようだ。
海里の合図に僕は我に返り、ベールをそっと外して、柊一さまに被せた。
「瑠衣? 何を?」
「私を驚かせましたが……今度は私が柊一さまを驚かせます」
「どういう意味……これは」
準備していた白薔薇の花束を、柊一さまにお届けした。
「柊一さまのブーケですよ。『白薔薇の花言葉』をご存じですか」
柊一さまは、ふるふると首を横にされた。
「白薔薇の花言葉は『純潔』『私はあなたにふさわしい』『深い尊敬』ぜんぶ柊一さまに相応しい言葉です。海里とどうか幸せになって下さい。これが長年あなたにお仕えした私の望みです」
「え……僕も結婚式を挙げるの? 瑠衣……ルイ、るい……っ、こんなことって信じられないよ」
幼い頃のように柊一さまが、僕を必死に呼んで下さる。
「あぁ……どうか泣かないで。晴れの日には笑顔が似合いますよ。柊一さまも一緒に進みましょう。新しい一歩、新しい海に航海に出ましょう。今日がその日ですよ」
僕たちは一瞬抱き合った。
「さぁ、こちらにおいで」
海里が柊一さまを呼ぶと、まるで舞踏会の一場面のようだ。
柊一さまと海里は、白薔薇が咲き誇る庭園のテラスの中央に立った。
ここはまるで清らかな教会のよう。
そう錯覚してしまう程、厳かな雰囲気で包まれていた。
爽やかな風が吹けば、僕が被せた繊細なベールがやさしぐそよぐ。
レースを潜り抜けた光が、しあわせの欠片となり、宝石のように芝生に広がっていく。
眩い程の煌めきで、眼前の世界は満ちていた。
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