君と僕、俺と君 4

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君と僕、俺と君 4

 二階建てバス、その最前列に君と座った。  俺にはよく見慣れた景色だが、君の瞳に映る景色は違うようだ。 「わぁ……すごいね」  まるで生まれて初めて見たかのように、漆黒の瞳をキラリと輝かせている。  瞳に輝きが増すと頬も上気して、ますます綺麗になっていく。  こんな表情もするのか。  初めて会った時と同様に、その繊細な横顔はいくら見ても飽きない。 『君はどこからやって来て、どこへ行くのか』  ふと、今までに抱いた事もない……切ない気持ちが胸に宿った。 『ずっとこんな風に、君と和やかに穏やかに過ごしたい』    これは誰の願い?   まるで未来の俺からのメッセージのようだ。  君は確かに男性なのに、俺は君を見つめると異性に抱くようなトキメキを感じてしまう。  ヤバイな、こういうのって……  俺の立場上、まずいだろう?  英国の世襲貴族の家に生まれ、将来は爵位を継承する長男だ。高校までは自由にしていいと父から言われているが、その後は決められたレールを走っていく……家の歴史を背負って。  ガールフレンドは既に何人もいたが、同性にこんな甘酸っぱい気持ちを抱いた事は一度もない。  一体、俺どうなってる?  もう一度、彼の横顔をチラッと盗み見すると、今度は少し具合が悪そうに目を瞑っていた。  えっ今度はどうした? 「大丈夫かい? 」 「ごめん。高さに慣れなくて……」 「……水を飲んで」  水分を取った方がいい。  持っていた水筒をそのまま渡そうと思ったが、ふといたずらなことを思いつき、先にゴクっと一口飲んでから渡してしまった。 「どうぞ!」 「あっ……うん」  するとさっきまで青ざめていた君の顔が今度は朱に染まって、壮絶に色っぽい! 俺の方も、連動してカッと顔が火照ってしまった。  もしかして……  君も俺を意識している?  自意識過剰か。  そんなはずないよな。だが…… 「……ありがとう」  君は少し躊躇ったあと、俺が口をつけた部分に綺麗な唇をそっとあて、コクリと水を飲んだ。  うわぁ……まるで俺の唇に触れてもらったようだ!  間接キスの醍醐味を知ってしまった。  ガールフレンドとキスなんてとっくに経験済みなのに、俺、どうしてこんなにドキドキしてる?  白い肌、細い首、小さな喉仏がコクリと上下し、桃のような色合いの唇が濡れて、何とも色っぽい。  同級生の男は、皆むさくるしいのに……なんだなんだ! この清廉さは。  情緒というものを兼ね備えた品格のある動作に、見惚れてしまう。  君は何者……?  日本の由々しき旧家の御曹司とか。日本に詳しくないので、想像が乏しいな。でもだとしたら下手に手は出せないだろう(って俺、さっきから何考えてんだ? 相手はまだよく知らない日本人。まして男だ。男相手に手を出す出さないで悩むなんて) 「ふぅー」  一度大きく呼吸した。    とにかく……彼とはいい友人関係を続けよう。 「なぁ高い所が怖いのか。上から見降ろすのは気持ちいいだろう?」  彼はふるふると首を振る。  高所恐怖症なのかと思ったが、どうやら違うらしい。 「……怖いというか、見慣れない景色だったから、戸惑って」 「ふぅん……下からでは気づかなかったものが見えるだろう」 「……そうだけど」  どこかまだ不安げな様子だ。  まるでずっと底辺から上を見上げてきたように。 「世界はこんなに広いんだね。僕は何も知らなかったと……」 「あぁこの先頭から見る景色は格別だ。自分の力でこの先の未来を切り開いていくような力強い気持ちになるよな」 「……自分の力で」 「そうだよ! なぁ君はロンドンに何をしに来たんだ? 目的があったんじゃないのか」 「何をしに……?」  困惑したように黙ってしまった。  こんな顔させるつもりはなかった。  どんな事情があるのか知らないが、せめて俺といる時は笑って欲しい。  すると前方に、コヴェント・ガーデンが見えて来た。 「わっ凄い人だね……あそこは何?」 「興味があるなら、降りてみよう! アップルマーケットさ。アクセサリーや雑貨、絵画など、様々な屋台が出ていて面白いよ。さぁ行こう!」  どさくさに紛れて、また君の手首を掴んだ。  頬を染めた君は、抵抗することなく素直についてきてくれる。  やっぱり、可愛いな。  色んな場所を見せてやりたい。  君が望む場所に、連れて行きたい。
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