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幸せの道標 20
「雪也さまにお聞きしても宜しいでしょうか。あの……柊一さまは何か指輪を入れるケースのような物をお持ちではないですか」
「……箱根の寄せ木細工の小箱なんてどうかな?」
「それは思い出のお品ですか」
「うん、お母様の形見になるんだ。取ってくるね」
雪也さまが柊一さまの部屋から持ってきて下さった小箱は、奥様が亡くなる直前、柊一さまに手配した贈り物だそうだ。箱の面はスライドさせる方向に決まった順番があり、順番通りにしないと開ける事が出来ない秘密箱と言われるものだった。
「いいですね。これに魔法をかけましょう。さぁ柊一さまに渡して下さい」
「今からいよいよ魔法の時間が、始まるんだね。あぁワクワクするよ」
そう……この先はMagic Hourだ。
海里、あとは頼んだよ!
「兄さま、これをどうぞ。勝手にすみません。兄さまの秘密箱をお借りしました」
「それはいいが……何故?」
「俺にも見せて」
海里がその箱を手に取り、甘く微笑む。
「柊一、これは君のお母様からの贈り物だそうだね」
「はい、僕の宝物です。でも中に入れるものが思い浮かばなくて、ずっと空っぽでした」
「では、俺がこの箱に入れる物を贈っても」
「え? どういう意味でしょうか」
海里と柊一さまが向かい合うと、二人は濃い薔薇の香りに包まれた。
「柊一、失礼するよ」
海里が柊一さまの左手を恭しく掲げ、そこに口づけをひとつ落とした。
「えっ、あっあの……?」
僕がさっきアーサーにされたのと同じだ。今……僕の左手薬指には、真新しい指輪がはめられている。今度は柊一さまの番なのだ。
「ここにつける指輪を、俺が用意してもいいか」
柊一さまが目を見開き、そのまま、うっとりとした表情になられた。
「は、はい」
「じゃあ二人で魔法をかけよう。この小箱に」
「……はい!」
「Dreams come true!」
すると中からカタカタと小さな音がしたので皆で協力して開けると、小さな鍵が出てきた。
「瑠衣……この鍵に見覚えはある?」
見せられたのは、萌葱色の鍵だった。
え? 何故……これがここに? だってこれは……
「こ、この鍵は、奥様がいつも肌身離さずお持ちになっていたものです」
「そうなんだね。お母様は事故に遭われる前に、箱根でこの秘密箱を手配して下さったんだ。まさか、この中に忍ばせていたなんて」
まさか予兆でもあったのだろうか。
あぁ……奥様……!
奥様の無念を想うと涙が零れてしまう。
「うっ……お、奥様……」
「瑠衣、泣かないで……君の晴れの日に泣かすつもりはなかった。ごめん」
「すみません。私の方こそ……柊一さまの晴れの日に、涙を流すなんて執事失格です」
「君はもう執事ではないよ、僕の友人だ。だから亡き母のために涙を流してくれるのは嬉しいよ」
「う……私は……涙脆くなりました。柊一さまは、あまり足を踏み入れたことはないでしょうが……この鍵は中庭の奥にある『秘密の庭園』と呼ばれる場所への門扉の鍵です」
以前、結婚記念日のお祝いをした時、ご一緒させて頂いた。白薔薇のアーチの下で旦那さまと奥様が朗らかに微笑んでいた姿を思い出してしまった。
僕の記憶の中の彼らを、柊一さまと雪也さまに継承したい。
「お見合いでご結婚されたご両親さまでしたが、相思相愛の仲睦まじいご夫婦でした。秘密の庭園で、よくお二人で逢い引きされていました。まさか、この鍵が柊一さまに受け継がれていたなんて……これは最高の贈り物ですね。今から開けてみますか」
「いや、来年、雪也の心臓の手術が無事終わったら、僕は『秘密の庭園』で、今日の瑠衣のように改めて結婚式をしたいから、その時までとっておくよ」
柊一さまらしい発言だった。
「参ったな。俺たちもこのまま結婚式をしてしまおうと思ったのに、本当に柊一はいつも真面目で優しい子だね」
海里の声は、少しだけ沈んでいた。
「森宮さんが、ここに誓って下さったので、今はそれだけでも十分です」
柊一さまが左手の薬指を右手の人差し指で、トンっと押さえた。
僕には見える。そこに輝く銀色の指輪が確かに!
海里の魔法は、無事にかかったようだね。
「もう君には敵わないな。でも指輪は先に贈らせてもらうよ。結婚式は1年後だね」
「はい……あの、でも……」
柊一さまはスッと背伸びをし、海里の耳元に口を近づけて何か囁いた。
すると海里の顔が瞬時に朱に染まり、今まで見たこともない程の面映ゆい表情を浮かべた。
「はっ、参ったな」
照れ臭そうな海里の顔は、人間味があって良かった。
「兄さん……おめでとう!」
「瑠衣? お前がそう呼ぶのは珍しいな」
「うん……家族として、祝福をしたくなったから」
僕たちは、今を生きている。
今出来ることがあるのなら、いつかではなく――今していきたい。
どうかお幸せに!
素敵な初夜を――
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