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番外編 その後の日々・英国編②
「うわ~ここが本当にイギリスなんだね。あぁドキドキするよ! あれ……瑠衣?」
横を見ると、瑠衣がいなかった。
「瑠衣、どこ?」
慌てて振り返ると、外国人の屈強な男性に話しかけられていた。
瑠衣の顔が明らかに引きつっている。必死に断っているようだが、どうも埒が明かないようだ。
「I'm sorry. I am in a real hurry! Gotta run」(申し訳ないが、すごく急いでいるんだ! もう行かないと……)
もうっ瑠衣ってば、危なっかしいな。今まで瑠衣は僕よりずっと大人だと思っていたけれども、そうではないのだな。瑠衣は毅然と断っているが、質の悪い相手のようだ。
「I'm sorry but I can't help you」(貴方の相手になれません!)
いよいよ相手の男が瑠衣の細い手首を掴もうとしたので、慌てて駆けつけた。
「彼から離れてよ! 警察を呼ぶよ」
って……僕は日本語で全然通じないけれども、気迫だけは伝わったのかな。
「Do it. you have a little lover」(やれやれ、小さな恋人がいるんだね)
と笑われた。
そこで集まってきたのが、黒いスーツの男二人。
「わ! いつぞやの黒子だ!」
「Mr. Louis, were you all right?」(ルイ様、ご無事ですか)
「It's okay, I'm going」 (大丈夫だ、行くよ)
ふぅ……事なきを得たようだ。
あーでも僕……まだまだ『小さな恋人』って馬鹿にされてしまう程度なんだな。
そう思うと悔しくなった。
「雪也さま、見苦しい所を見せて申し訳ありません」
瑠衣は、気まずそうに困り果てた顔を浮かべていた。
「瑠衣はもてるんだね。女性にも男性にも! それがよく分かったよ。飛行機でも恋文貰っていたし……でも瑠衣はもうアーサーさんのものだから、誰も近寄るのは許さないよ!」
僕が手を握りしめて熱く訴えると、瑠衣は今度は頬を染めた。
「なんだか雪也さまがそんなことを言うなんて……私も歳を取るはずですね」
「そうじゃないって! もう~瑠衣ってば、瑠衣は全然歳なんて取ってない。むしろ若返っている!」
「も、もう恥ずかしいです」
「それより早く行こう! きっとアーサーさんがゲートで、イライラしているよ」
「はい、参りましょう!」
危なっかしいので、僕が瑠衣の手を引いてあげた。
なんだか立場が逆転したみたい。
瑠衣、ちゃんと見ていてね。僕ね逞しい人になりたいんだ。
春子ちゃんと並べる日が来るように頑張るよ。春子ちゃんは大人しく守られるタイプではないのは、知っている。だから横に並んで堂々と歩んで行けるよう、自分を磨くよ。ここロンドンで!
「ゆ、雪也さま……あの、そろそろお手を離してください」
「駄目だよ! 瑠衣は危なっかしいから。ちゃんとアーサーさんに会うまで、僕が手をつないであげる」
「も、もう……困った人ですね」
****
「遅い……遅すぎないか」
「そうですね、もうとっくに到着しているのに変ですね」
「なんで現れない?」
兄さんに詰め寄られて、肩をガタガタと揺さぶられて、たじたじだ。
僕に言われても困るのですけれど。
「我慢の限界だ。特別に中に入れてもらおうか」
「いやいや、そんなことは許されていませんから。あ! ほら来ましたよ」
到着ロビーにようやく現れた瑠衣は、何故か少年に手を引かれていた。
「へぇ、あの坊やがYukiyaくんか」
聞いていたよりもしっかりして逞しそうだ。と言っても、瑠衣の騎士になるには、まだ早いけれどもね。
「うーん、ノア、あの光景はなんだ?」
あーあ、兄さまってば、まさか少年にまでヤキモチを?
「可愛い少年ですね。瑠衣の秘蔵っ子かな」
「まったく、瑠衣は最近危なっかしい」
確かに! 彼は空港でも一際目を引く美貌だ。オリエンタル・ビューティーといっても、妖艶な美しさではなくノーブルな清純さを纏っている。瑠衣はれっきとした男性だが、性別を超えた魅力を感じるよ。兄さまが瑠衣を深く愛す気持ちが分かるよ。
「さぁ、行きましょう。僕には……兄さまに一刻でも早く瑠衣を届けようと頑張っているように見えますよ」
そう言ってあげると、兄さまは破顔した。
「そうか、そうか、それなら可愛いじゃないか」
ふっ、なんだか兄さまは分かりやすくなった。そうか……僕はどうやら瑠衣を溺愛する兄さまが大好きなようだ。
「瑠衣! こっちだ」
「アーサー!」
ほらね! 二人は蕩け合う。
ここが空港なことも、周りに人がいることも忘れて、視線を熱く交わしている。
(お帰り、俺の君)
(ただいま、僕の君)
愛溢れる言葉が、僕にも聞こえるようだ。
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