番外編 その後の日々・英国編③

1/1
前へ
/392ページ
次へ

番外編 その後の日々・英国編③

「瑠衣、疲れていないか」 「大丈夫です」 「そうか、道中、何もなかったか」 「あ……あの……」 「コラっ、早く正直に話せ」 「その……いろいろな方に話しかけられました」  瑠衣……雪也くんの前だからか堅苦しい話し方だな。  隠してもボディガードから報告が行くだろうと、観念したようだ。 「ふぅ、やっぱりな。男にも女にも……だろう?」  瑠衣が小さく頷く。    あー全く俺の瑠衣は、夜な夜な抱くごとに、どんどん美しさが研ぎ澄まされていくようだ。嬉しいが他人には見せたくないよ。 「今回はどうしても仕事の都合で同行出来なかったが、次は絶対に一緒に行って目を光らせるからな」 「アーサー、あの、ちょっと……恥ずかしいです。ゆ、雪也さまの前で」  瑠衣を抱きよせ肩越しに雪也くんを見ると、彼は笑って手を差し出し『どうぞ、続けて下さい』とジェスチャーしていた。  へぇ、去年会った時よりも背もぐっと伸びて顔も大人びたな。  あと数年経てば立派な紳士になるだろう。兄の柊一くんとは違うタイプになりそうだな。何か確固たる目標を見つけた……男らしい顔つきだった。 「あーコホン、コホン、兄さま、そろそろいいですか」 「おっと、すっかりノアの存在を忘れていたな」 「酷いですね、ははっ」    弟のノアが、瑠衣に丁寧に挨拶を始めた。ノアも結婚してからぐっと大人びてしっかりしたな。そばかすのやんちゃな子供だったのが嘘みたいだ。  ノアが最上級の正式な挨拶をしてくれるのは、瑠衣を敬ってくれているから。それが分かり……目を細めてその光景を見つめた 「瑠衣、君に会うのは久しぶりだね」 「ノア様、お久しぶりです。あの……今更ですがご結婚おめでとうございます。それからもうすぐお父様になられるのですよね」 「うん、そうだ。君はノーサンプトンシャーのおばあ様のお屋敷から出てこないから、全然会えなくて寂しかったよ」 「申し訳ありません」 「今晩は疲れているだろうぁら、ロンドンのグレイ家に1泊していってくれ」 「あ……はい」    瑠衣は少し困惑した素振りで俺を見つめた。弟の結婚式の参列だって誘ったが、遠慮してしまい、瑠衣の慎み深さは相変わらずだ。  君がロンドンに滞在するのは、いつぶりだろうな。   「瑠衣は客人だ。日本からのゲストをもてなさせてくれ」 「ありがとうございます」  ノアが今度は雪也くんに向かってフレンドリーに、ゆっくりな口調で挨拶をした。    ノアと瑠衣の早口の英会話に固まっていた雪也くんの緊張も、これなら解れそうだ。 「ユキヤくん、よろしくな。偉大な兄を持った弟同士、仲良くしよう」 「あ、はい。よろしくお願いします」  雪也くんに、昨年の日本滞在の折に英語を教えたのを思い出す。あれからもしっかり勉強を続けたようで、なかなか上手に話していた。  ****  ロンドン・グレイ家本宅。 「すごい! 冬郷家や森宮家も広大な敷地だと思ったけれども桁違いだ。本物の貴族のお屋敷だ! 瑠衣はここで執事をしていたんだね」 「……はい。かつては」 「瑠衣は本当にすごい。僕でさえ気後れしましまうような場所で、頑張ったんだね」 「あ……ありがとうございます」  瑠衣は褒められるのに慣れていないので、耳まで赤くして俯いていしまった。 「ルイ! ルイなのね!」  俺たちが到着するや否や正面玄関から駆け出して来たのは、母だった。  母が周りも憚らずに素の姿を見せるなんて、驚きだ。  俺が生死を彷徨っている手術後、瑠衣の存在が本当に心強かったと後から聞かされた。  子を想う母の気持ちを、瑠衣が動かし捉えたのだ。  俺の瑠衣を認めてくれた母が、今では誇りですよ。 「奥様、ご無沙汰しております」 「ルイ、あなたってば……田舎に籠もりっきりで、ロンドンにはちっとも顔を出さないんだから」 「申し訳ありません」 「……主人の事なら、気にしないでいいのよ」 「そんなわけには……いきません」  俺の父親は手放しでこの状況を喜んでいるわけではないが、一切口出ししてこなかった。父なりに息子の命を最大限に考慮し、瑠衣との関係を許してくれたのが嬉しかった。   「まぁ、それでこの坊やが、瑠衣の秘蔵っ子なのね」 「はい、冬郷雪也さまです。雪也さま、さぁご挨拶を……」 「初めまして! 僕は日本からやってきました冬郷雪也です。現在15歳になります。この英国で逞しく成長したく有意義な高校生活を送ろうと留学を決意しました」  雪也くんが頬を染めながら一生懸命自己紹介する様子は、初々しかった。  俺と出会った頃の君も、まだお世辞にも英語が上手とは言えず、俺が教えてあげたよな。あの頃の君も本当にピュアだった。もちろん今もだが。  雪也くんのことは、彼が生まれた時から瑠衣が傍で見守ってきたと聞いている。だから今日の瑠衣は、母のようであり、父のようでもあり、成長を喜んでいる温かな感情で満ちているようだった。  どこまでも愛おしく尊い存在……それが俺の瑠衣だ。  1週間ぶりに瑠衣を見つめ……深く想うこと。  溢れる愛が……零れそうだ。  で、そろそろ瑠衣と二人きりになりたいのが、本音なのだが。 「兄さまってば、また、ソワソワ、ソワソワ……」  ノアに笑われてしまった。
/392ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2983人が本棚に入れています
本棚に追加