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番外編 その後の日々・英国編④
「わぁ、ここが瑠衣の世界なんだね」
「はい、ここが私の暮らす英国ですよ」
「日本とは何もかも違って刺激を受けるよ。ずっと憧れていた外国とは、このような場所だったんだね」
部屋の窓を全開にし、ロンドンの町並みを見つめる雪也さまの瞳は、キラキラと輝いていた。
「あのね……瑠衣……お願いがあって……どうしても聞いて欲しいことがあるんだ」
その晩パジャマ姿の雪也さまが枕を抱えてやってきて、僕のベッドにもぞもぞと潜り込んできた。
「どうされたのです? 怖い夢でも? 何か不安でも?」
こういう行動はまだ幼く微笑ましいと思うのと同時に、幼い頃……怖い夢を見たと泣いては、柊一さまの布団に潜り込まれていたのを思い出し、心配になった。
「違うよ、この先の……夢の話をしたくて」
僕で役に立つのだろうか。柊一さまの代わりになれるだろうか。
「瑠衣、可愛いお客様がやってきたね。今宵は二人で過ごすといい。明日から雪也くんは寄宿舎だ。ゆっくり話せるのは今日しかないだろう」
「でも……」
「俺は久しぶりに弟とチェスでもしてくるよ。ノアはブラコンだから、俺が構ってやると喜ぶんだ」
「くすっ、ブラコンなのは君もだよね?」
「まあな、海里の気持ちがよく分かるよ」
アーサーは気を利かせてくれたようで、部屋から出て行ってしまった。
「あの……雪也さま、どうなされたのです?」
「ごめんね瑠衣、今日だけ甘えてもいい?」
「もちろんですよ。さぁ話してみて下さい」
「あのね……瑠衣とアーサーさんって、高校生の時に初めてあったんだよね?」
「そうですが……」
「好きなのってどういう気持ち? 僕のこれ……どう思う」
雪也さまは心臓に手をあてて、頬を染めた。
「僕はね……春子ちゃんのことが好きなんだ。彼女のことを思うと、心臓がドキドキして五月蠅いんだよ。痛くてせつなくて、きゅうってなるよ」
懐かしいな、僕もアーサーに恋をした時、心臓に手をあてて考えてしまったよ。
「えっと、春子ちゃんと言うのは桂人の妹ですね。僕は直接会ったことはないですが、活発で前向きな子だったと、ユーリが言っていましたよ」
「あ、そうか。ユーリさんと瑠衣はつながりがあるんだね」
「えぇ、まぁ……アーサーの先生ですからね」
雪也さまは明るい瞳で、初恋を語り出した。
「春子ちゃんはね、とても大きな翼を持っているんだ。大空高く舞い上がる翼だよ。僕はそんな彼女を見守るのがとても好きみたい。いつか……僕は彼女が戻ってくる大きな巣になりたいんだ。だからもっと大きな器になりたくて、ここに来たんだよ。僕と柊一兄さまの使命は冬郷の家を後世に繋ぐことだから、僕はあの家に留まるつもりだよ。でも春子ちゃんみたいに世界を駆け巡る人と一緒にいたらどんなに楽しいだろうと思って……だからとても気になるし、とても好きなんだ」
まだ幼いと思っていた雪也さまが、そんな先の未来まで見越していらっしゃるとは。
「応援します。私も英国から全力でサポートします」
「ありがとう! 瑠衣もいつか会って欲しいよ。桂人さんに似てとても綺麗な女の子なんだ。あれれ? 日本語が変かな」
「くすっ、伝わりますよ」
「あ……そうか……今気付いたよ。彼女は瑠衣にも似ているよ。春子ちゃんって瑠衣の従姉妹になるんだね」
そう言われれば、確かにそうだ。
今まで天涯孤独だと思っていた僕に、血縁者が増えていくのが不思議だった。
これは、もしもの話だ。
遠い未来に、雪也さまと春子さんが結婚されて子を授かったら、赤ちゃんは僕と血が繋がっているのだな。
甥っ子、姪っ子かな?
抱きしめてみたいな。
雪也さまが赤ちゃんの時と似ているだろうか。
僕は赤ん坊がととても好きだから、そんな甘い夢を見てしまいそうだ。
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