番外編 その後の日々・英国編⑤

1/1
前へ
/392ページ
次へ

番外編 その後の日々・英国編⑤

「ノア、入ってもいいか」 「兄さま? 瑠衣の傍を離れても良いのですか」 「今日は特別だ。雪也くんが来ているからな」 「兄さまが……遠慮されて、部屋を出られたのですか」 「まあな」 「僕は兄さまのそんな所が、大好きですよ」  ノアは年の離れた兄弟だが可愛い弟で、小さな頃はよく遊んでやった。ちょうど瑠衣がこの家で執事をしていた時、ノアは瑠衣にも可愛がってもらっていたな。瑠衣は運動が得意ではないのに、よく庭で一緒にボールを蹴ったり遊んでいた。  瑠衣は、元々子供好きなのだと思う。 「今日は、ありがとうな」 「え? どうされたのです? そんなに改まって」 「エミリーのことだよ。彼女が日本に興味があるとは知らなかった」 「瑠衣の恐怖心を取り払ってあげたかったんです。僕……」 「じゃあ、ノアが関心を持たせてくれたのか。そうか……お前はあのエミリーのことを覚えているんだな」 「はい……当時のことは、幼心にも強く印象に残っていますから」  エミリーとの婚約破棄で、父親と大喧嘩して謹慎処分を受けた。  今……目の前のノアが心底すまなそうな顔をしているのは、あの片眼鏡の執事が瑠衣に常軌を逸したお仕置きをしているのを見てしまい、それをすぐに言えなかった苦い経験からなのだろう。 「ノアの告白は貴重だった。あのタイミングで真相を教えてもらえなかったら、もっと大変なことになっていたよ。お前は名前の通り頼もしい男だ」   以前母さまが話していたが、ノアの名前は旧約聖書の『ノアの箱舟』から来ている。つまり神と共に歩んだ人のことだ。ノアの箱舟のように沢山の仲間を乗せて大海原を渡る、力強い男の子にもなれと願いを込めたそうだ。 「このグレイ家の跡継ぎは、もうお前だよ。重責を担わせてごめんな」 「兄さま、僕……本当は不安です」 「それは尤もだ。お前は本当に頑張っているよ」 「そうでしょうか。兄さまのように立派でないので萎縮してしまうのです」  弟とこんな話をするのは初めてだ。    瑠衣と離れている間、俺が実質的に牽引してきたグレイ家だった。  瑠衣と再会した時に誰にも文句を言わせたくなくて、仕事も勉学も頑張ってきたのだ。だが突然の病に倒れ、俺は身を引くのが最善ではと考えを一転させた。  まだまだこの世界では難しい同性愛。万人に理解が得られない中で、権力を盾に瑠衣とロンドンで無理矢理過ごしても、いつか皺寄せが来て刺客に狙われるかもしれない。  一時は、死をも覚悟した身の上だ。  だから悟った。  俺はおばあさまの領地で、瑠衣と心穏やかに生きる道を取った。  離れていた分、長生きをしたくなった。  俺が家督を継ぐと信じ、自由にのびのびと育ってきたノアには過大な負担をかけてしまったことを認めよう。そして俺の願いを汲んで引き受けてくれた勇気に感謝しよう。 「ノアは本当に可愛い弟だ。ずっと仲良くしような」 「う……っ、兄さま。兄さまが居て下さるだけで心強いです。どうか瑠衣と長生きしてください。そして僕たちの子供を、兄さまたちも沢山可愛がってください」  ノアが泣けば、俺も泣く。  男泣きなんて恥ずかしいと思ったが、男もただの人間だ。  感情が揺れれば涙が零れ、感情が昂ぶれば笑顔が零れるのさ。 「ノア、瑠衣は雪也くんが生まれた日からお世話を手伝ったそうだ。だから最強だぞ。子育てで困ったことがあったら、いつでも電話しろ。遊びにも来い」 「兄さまも、瑠衣とロンドンにいらして下さい。雪也くんの様子を見がてら……」 「そうだな。笑里(えみり)も瑠衣と仲良くなれそうだし」  俺とノアは右手を左胸の上に置き、共に騎士の誓いを交わした。 「お互いに……守りたい人がいます」 「だから兄弟は永遠に仲睦まじく、愛しい人を守ることを貫こう」 「はい! 兄さま」    
/392ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2980人が本棚に入れています
本棚に追加