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番外編 その後の日々・英国編⑧
「ここが君の部屋だよ」
「はい」
「俺の英語、ちゃんと聞き取れている?」
「……たぶん」
「ふふん、箱入り坊ちゃまだな。日本人形みたいな」
寮長は年上の生粋の英国人。僕は必死に耳を澄まして、彼の話す英語を聞き取っていた。
最後……もしかして小馬鹿にされた?
「おっと、君のことはグレイ家から重々頼まれている」
「そうなんですか」
グレイ家の……そうか、気を遣ってもらったんだな。
僕の力は、まだまだ微力だ。
今はグレイ家の力を借りるのを恥じない。
異国の僕がすんなり受け入れられないのも分かる。そもそも僕はずっと守られて育って来たので生温さが抜けないのも、自分で分かっている。
「へぇ、意外と意志の強い瞳だな。オレはケインだ。よろしくな」
「はい、Yukiyaです。どうぞよろしくお願いします」
「困ったことがあったら、頼ってくれ」
ケインさんか……ケイトさんと近い名前に、なんだか妙にホッとする。
シニアハイスクールの新学期まで、僕はこの寮から入学前の留学生のための特別な英語スクールに通うことになっていた。
ここまでは海里先生、兄さま、瑠衣が全部段取りしてくれた。
今日から、いよいよ一人でやっていく。
寮の部屋の窓を開けると、英国の夏空が広がっていた。
見上げた空には、白い直線が描かれていた。
「あっ、瑠衣……見て」
思わず、振り返って瑠衣を呼んでしまった。
なんだっけ? こんな風に瑠衣と空を見上げた記憶が急に蘇ってきた。
瑠衣が僕の人差し指を取って、空をなぞってくれた。
僕の小さな指は、白い直線をすっと描いたんだよね。
あれは、白い飛行機雲だった。
あの時、瑠衣はロンドンに行きたいって言っていた。 瑠衣の表情が少し寂しそうに見えたので、いつか僕が連れて行ってあげると誓った。実際には瑠衣に連れて来てもらったのだけれども、懐かしい思い出だな。
そして今、瑠衣が、愛するアーサーさんと英国で仲良く暮らしているのが嬉しいよ。
今頃ふたりは久しぶりの再会で、熱々なのだろうなぁ。
兄さまも瑠衣も、愛されている。
僕の大好きな兄さまと瑠衣を愛してくれる人いてくれて……本当によかった。
だから今度は僕の番だ。
この英国にいる間に出来る限りの知識を身につけて、精神的にもタフになりたい。
****
「クシュン!」
「瑠衣? 早く浴衣を着ないと風邪引くぞ」
「わ、まだ覗かないで!」
下着姿で立っていたので、恥ずかしくなって慌てて浴衣を羽織った。
するとアーサーが目を丸くしていた。
「おいおい、何故そこで恥ずかしがる?」
「そ、それは……」
それは……久しぶりだから。アーサーの手術が終わり、落ち着いてから……毎日のように触れ合って過ごしていたので、日本に行っている間、不思議な心地だった。君の温もりが近くにないのが、こんなに寂しいなんて。
「アーサー、困ったことになった」
「ん?」
「僕……君がいないと……駄目みたいだ」
「俺も同じだ。瑠衣がいないと腑抜けすぎて格好悪かった。ノアにもそわそわしすぎだと散々笑われた」
くすっ、それはいつもの事だけれども……(というのは内緒にしておこう)ほら、今だって僕の浴衣姿を見たくて見たくて溜まらないようで、衣装部屋の裏で、そわそわしているよね?
「着付けたよ、ど、どうかな?」
女性物の浴衣だが、相変わらず華奢な体躯の僕には、難なく着こなせた。
「You are beautiful!」
浴衣の柄は、優しい水色を基調に薄紫色の朝顔と淡い桜が配置されたもの淡く華やかなものだった。
「へ、変じゃない?」
「瑠衣……行こう!」
「どこへ?」
「庭だ! 瑠衣に見て欲しい」
「ええっ?」
手を引かれて少年のように興奮したアーサーに連れて来られたのは、うさぎ小屋の近くだった。
「あれ? こんな所に池が……それに灯籠まで」
「ここは瑠衣の庭だよ。君がいない間に準備した」
「も、もう君って人は……」
「瑠衣……君はここの住人だ。ここに小屋を建てても、英国と日本が融合したガーデンにしたいんだ」
「も、もう君って人は」
「いつだって瑠衣ありきだよ」
今、池に映る僕の顔は、どんな風に見える?
女物の浴衣を着て……溜らないほどに、君を愛おしむ表情を浮かべているのが僕。
こんなにまで深く優しく、僕を愛してくれて、ありがとう。
「アーサー、ありがとう。嬉しいよ……いつかの約束の小屋だね」
「そうだよ。瑠衣と屋外で心置きなく、抱き合うためのね」
「も、もうっ」
君に抱きしめられると、僕の隙間が埋まる。
あの日、雪也さまと描いた飛行機は、アーサーの胸に無事に着地した。
あとがき(不要な方はスルー)
****
雪也の回想シーンは、『しあわせやさん』で本日書いた
SSからのつながりです。https://estar.jp/novels/25768518
こんな風に私の物語は、ふとしたきっかけで繋がっていきます^^
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