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番外編 その後の日々・英国編⑩
「大奥様は『魔法使い』ですよ」
「まぁマーサってば、そんなことないわ」
「いいえ、あのお二人に『地上の楽園』を与えて下さったのは、大奥様ですよ」
マーサの言葉は、私の長年の後悔を癒やしてくれる。
家庭教師の青年と庭師の少年に、『地上の地獄』を与えてしまったのは私なのよ。あの日のことは、どんなに忘れようとしても、忘れられない。
色白の少女のように可憐な少年が背中を向かれ鞭打たれ、ぼろ切れのように……血と涙でぐしょぐしょになっていった姿は、やっぱりまだ脳裏に焼き付いたままなの。
このノーサンプトンシャーのグレイ家マナーハウス、私の領地では、もう二度とあんな地獄は見たくない。だから雇用する使用人の質にも気を配ったわ。ロンドン本宅で私と長年過ごし、私のお眼鏡に適ったものだけを連れてきた。
人ととして信頼出来るか。
人として温かみがあるか。
人として自分と違うものを受け入れ寄り添うことが出来るか。
孫のアーサーとその恋人の瑠衣が、心から寛げる楽園を作りたいと、願ったわ。
「でもねぇ……マーサ、あの子たちは今は青春のまっただ中ね。いつまでもあんな調子で大丈夫かしら?」
何をどうしたらそんなに汚れるのかしらと思うほど泥んこで戻ってきたのには、笑ってしまったわ。アーサーはともかく瑠衣まで真っ黒だなんて。
ふたりともほぼパンツ一丁で、着ていた浴衣と衣類はびしょ濡れ。
何をしてそうなったかは容易に想像出来たけれども知らん顔をしてあげる。
「ご心配は分かりますが……お二人とも分別も能力もある方です。だからちゃんとやっていけますよ。大奥様の庇護のもとでも、外でも」
ふくよかなマーサが身体を揺らした笑うので、私も安堵した。
「そうね。マーサのお墨付きなら大丈夫そうね。それにまだまだあんなに元気なんですもの。若いっていいわね」
一時期は痩せ細って見る影もなかったアーサーのアッシュブロンドは神々しく輝き、筋骨隆々としていた。
良かった。本当に良かったわ。
アーサー病に打ち勝ったのね。子や孫に先立たれるのは辛いもの、何度でもお礼を言いたくなるわ。
そして瑠衣の女神のような美しさには感動するわ。あなたはノーブルな雰囲気を醸し出す東洋美の塊よ。乳白色の肌が眩しかったわ。
あら嫌だわ。私ってば何を見ていたのかしら?
「大奥様、私達にとってもここは『地上の楽園』ですね」
「くすっ、うふふ。何を言うのよ、マーサってば」
明るい笑い、幸せな老後よ。
あなたたちのお陰で。
****
「しかし参ったな。マーサにまた裸を見られた」
「くすっ、マーサは君の乳母のような存在だったって聞いたよ」
「まぁな、だからなのか、小さい頃と同じ扱いだったぞ、今日も」
「じゃあ泥んこで帰ってきたら、まるでじゃがいものようにゴシゴシと?」
「そうさ、容赦ないから、ここも思いっきり洗われたぞ」
アーサーが自分の股間を指さすので、笑ってしまった。
「くすっ、マーサは肝っ玉母さんみたいだね」
「瑠衣のはどうだ? 綺麗にしてもらったか」
「あ……駄目だよ。やっと綺麗になったばかりなんだから」
マーサにはバスローブ姿で放り出されたので、衣装部屋で着替えていると、アーサーの指が股間に絡んできた。
「んん……駄目……あっ……駄目だよ」
「うーむ、衣装部屋というシチュが俺を駄目にする」
着替えの途中でキスをした。
お互い舌を絡めて唇を重ね合った。
求めて求めて、求め合う。
満ちて満ちて、満ち足りていく。
ここは……君を想うだけの悲しい思い出の衣装部屋ではない。
愛を重ねる秘密基地のような場所になっていた。
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