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番外編 瑠衣の誕生日SS 4月28日
「んっ……アーサー?」
目を覚ますと、隣で眠っていたはずのアーサーの姿が見えなかった。
「アーサー、どこ?」
心細くなり、小さな声で君を呼んだ。
こんな時、僕は本当に弱くなったなと苦笑してしまう。
執事時代は……誰よりも早く起床し、身なりを整えて温かい紅茶を運んだのに。
君に夜更けまでかき乱された身体はまだ熱を孕み、身体の奥には君のカタチをまだ感じている。
君の真っ白なシャツを羽織っただけの姿でベッドから抜け出ると、ちょうど扉が開いた。
光が真っ直ぐに差し込んできて、僕を照らす。
あの暗闇の書庫にあった一冊の本のように、スポットライトを浴びる。
「瑠衣、まだ起きては駄目だ。今日は特別な日なんだから」
「……?」
「まだ気付かない?」
「何を?」
「あぁもうっ、君は自分に対して無頓着過ぎる」
「アーサー何を怒って?」
アーサーはモーニングティーがセットされたトレーを脇机に置いて、僕をすっぽりと抱きしめた。
「んっ、どうしたの?」
「今日は何日だ?」
「……4月28日だよ?」
「何の日か分かるか」
「……イースターはもう終わったよ」
「知ってる、散々芝生で戯れた」
「も、もう……じゃあ、えっと……」
何か大切なことを忘れているのか。
「はぁ~ 今日は君の誕生日だよ。君は今日生まれたんだ」
「あっ……そうか」
「おいおい、一体どうして毎年忘れるんだよ」
「ご、ごめん」
そうか、今日は僕の誕生日だったのか。
母との記憶の中では、僕の誕生日は特別だったのに、忘れてしまうなんて。
きっと、それは毎日が誕生日のような日々を過ごしているからだ。
「瑠衣、お誕生日おめでとう。この世に生まれてきてくれて、ありがとう!」
アーサーからの熱い抱擁とキスを受け、ふと母の温もりを思い出した。
「あのね……母もこうやって誕生日を祝ってくれたんだ」
「……小さな頃のこと、もっと話しておくれ」
「うん、毎年、母の手作りのプレゼントが楽しみだったよ」
「何をもらったんだい?」
「……端切れで作ったうさぎのぬいぐるみや、お屋敷のお坊ちゃまが不要になった絵本、あとは……」
その時、ベッドサイドのトレーに敷かれているレース編みに目を奪われた。
「あ……これって」
「あぁ、とても綺麗だろう?」
「うん」
「これは、おばあ様から瑠衣への誕生日プレゼントだよ」
それは、かぎ針で編まれたクロッシェレースやバテンレース。
ドイリーと呼ばれる装飾の小さな敷物を繋ぎ合わせたものだった。
「……もしかしたら、僕も持っているかも」
慌てて日本から持ってきたトランクを開いた。中には森宮家の屋根裏部屋で使っていたものが入っている。
記憶の玉手箱だ。
「アーサー! こ、これを見て」
「ん? おぉ、綺麗なレース編みだな」
「亡くなった母が作ってくれたものなんだ。母もレース編みが得意で、屋根裏部屋で、夜になるとよくかぎ針を動かしていたよ。もう手元にはこれだけしか残っていないけれども」
アーサーが何か閃いたようだ。
「瑠衣、今すぐ着替えておばあさまのところに行こう」
「うん?」
「そのドイリーと、おばさまのつくったテーブルセンターも持って」
アーサーに連れられておばあさまの部屋を訪れると、祝福のキスを額に受けた。
「瑠衣に神のご加護がありますように。お誕生日おめでとう」
「おばあ様、美しいものをありがとうございます」
「気に入ってくれた? 幼い頃からアーサーが欲しがっていたものよ」
「魔法みたいだなって思っていたんですよ。一本の糸が形になっていくのが」
僕は溜まらず、おばあ様に申し出てしまった。
「おばあ様、このドイリーは独りぼっちなんです。ここに繋ぎ合わせてもらえますか」
差し出したのは、僕の母の遺品。
「まぁ繊細な編み目で綺麗。一体誰が編まれたものなの?」
「あ……あの、僕の母です」
こんな風におばあ様に、母のことを話したことはない。
「繊細お母様だったのね」
「はい……」
「優しいお母様だったのね」
「はい……そうです」
おばあ様が僕の母を褒めて下さる。
それが嬉しくて、涙が止まらなくなった。
「アーサー、裁縫箱を持ってきて」
「はい!」
おばあ様は僕の目の前で、あっというまに、母の作った色褪せたドイリーを繋げてくださった。
「ほら、馴染んでいるわ。お母様もこれからは一緒よ」
「あ……ありがとうございます」
アーサー、こんなに素晴らしい誕生日をありがとう。
僕に……家族の愛も恋人の愛も、与えてくれてありがとう。
「瑠衣、君も習ってみたらどうだ?」
「えっ」
「俺も子供のころ憧れて少し習ったが……才能が皆無で糸が絡まって終わったが、お母さん似の瑠衣なら向いているかも」
「いいの……でしょうか」
おばあ様が手を広げて歓迎してくれる。
「瑠衣、大歓迎よ、誰かに教えたくてウズウズしていたの。あなたがいてくれて良かった。生まれて来てくれてありがとう。英国に来てくれてありがとう!」
暖かい抱擁。
母の温もりに触れる朝だった。
僕は生まれて来て良かった。
誕生日おめでとう、僕。
あとがき
****
本日、4月28日は瑠衣の誕生日なので、『ランドマーク』を大切に想ってくださる読者さまへ捧げるBirthday SSを1話書き下ろしました。
読者さまから瑠衣のお誕生日お祝いに綺麗なレースのマットをいただいたので、生まれた話です。
繊細な瑠衣がレース編みをするの、きっと似合うだろうなって妄想が膨らんでしまいました。ペコメで後押しもありがとうございます。
これからもアーサーと瑠衣を、どうぞよろしくお願いします。
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