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番外編『赤い薔薇の騎士』5
そよ風が心地良い5月。
僕はいつものようにお屋敷の中庭を、ゆったりと散策していた。
小鳥の囀りにローズの芳しい香りが漂うイングリッシュガーデンは、明るい日差しを浴びて煌めいていた。
「今日は、何か良いことが起こりそうだな」
ずっと待っていた贈り物が、今、届いたような……そんな予感がする。
「あ……もしかして……」
コテージの扉を開いて、静かに中に入った。
ここは、アーサーが建てた『僕らの愛情の住み処』だ。
僕らが愛を語らうカウチソファを確認すると、無造作に置いていた大判のブランケットが可愛く盛り上がっていた。
やっぱり!
足音を消して近づき耳を澄ますと、すやすやと可愛い寝息が聞こえた。
「メ……メイくんっ!」
いけない。つい大声を出してしまった。
「……むにゃ……むにゃ……」
「あ……眠っているの? じゃあ静かにしないと」
「……むにゃむにゃ……」
この子のことは、よく覚えている。
僕の故郷から、時を超えて遊びに来てくれた日本人の坊やだ。利発そうな黒い瞳が可愛くて、朝になって消えてしまってからも、ずっとまた会いたいと思っていたんだよ。
これは夢か幻か……
それでもいい、また君に会えたのだから。
「瑠衣、そこにいるのか?」
「あ、アーサー、静かにして」
「なんだ? 甘いお誘いか」
アーサーが茶目っ気たっぷりに微笑むので、僕は慌てて人差し指を立てた。
「しーっ」
「ん? そこに誰かいるのか」
「メイくんがまた……」
「本当か!」
アーサーもメイくんの寝顔を確認して、破顔した。
「信じられないな、また遊びに来てくれるなんて」
「本当に……」
「瑠衣、夢は願えば叶うんだな!」
「……これが……夢でも?」
「それでもいいじゃないか。夢でも会えない人がいるのに……俺たちはこうやって二人で同じ夢を見て、この子に逢えた。今度こそ朝までいて欲しいな」
アーサーの言葉が、僕を鼓舞する。
夢でもいい。
夢を見ているこの時間だって、僕の人生の一部だ。
「あ……坊や……この前来てくれた時よりも……大きくなったようだね」
「あぁ、背も伸びて重くなった」
アーサーがブランケットごと男の子を抱き上げて、僕らの寝室に連れていってくれた。
「また逢えるなんて……嬉しいよ。ねぇ、今度こそ朝までいてくれる?」
「大丈夫だ。今回はちゃんと着替えを用意してある」
「あぁ……あの衣装だね。あの赤い薔薇の騎士の衣装を着て欲しいな。きっとこの子にはよく似合うよ」
「あぁ、この子には騎士の素質がありそうだ。俺が英国仕込みの騎士に育ててやりたいな」
坊やの寝息は、天国に一番近い子守歌。
幼い頃の雪也さまも、いつもこんな可愛い寝息を立てていた。
「アーサー、僕は……どうやら、小さな子供が大好きみたいだ」
「知っているよ。なぁ、俺たち……養子でも迎えるか」
「……いや、このままで……自然のままに過ごしたいな。僕のアーサーと生涯を共に……」
「瑠衣……ありがとう」
「アーサー、僕の方こそ」
いつもと違う温もりを感じるベッドで、僕は満ち足りた心地で目を閉じた。
「おやすみ、瑠衣」
「おやすみ、アーサー」
「夢の世界でまた会おう」
……夢の世界でも、夢を見られるのかな?
この坊やの笑顔を見たい。それからモーニングティーを一緒に飲んで、赤い薔薇の衣装を、僕の手で着せてあげたいな。
どうか夢の続きを――
夢から醒めても、まだここにいて欲しい。
補足
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本日は、『幸せな存在』に登場する芽生とのクロスオーバーです。
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