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番外編『赤い薔薇の騎士』7
「メイくんも、モーニングティーを飲む?」
「それって……にがい?」
「大丈夫だよ。ミルクを沢山いれてあげるから苦くはないよ」
「じゃあ、のむ! ルイさん、ありがとう!」
メイくんは、瑠衣にすっかり心を許しているようだ。
「アーサー、僕はお茶の準備をしてくるから、メイくんのお相手をよろしくね」
「了解!」
瑠衣が目を伏せて一礼し部屋から出て行くと、メイくんがピョンっと椅子から降りてトコトコとやってきた。
「アーサーさん、あのね、アーサーさんってカッコイイ、キシさんなんでしょう?」
「あぁそうさ! 俺は瑠衣を守る騎士だ」
子供相手だが胸を張って告げる。
「ふわぁ~ やっぱりカッコイイねぇ」
「君は小さいのに賢いんだな。もしかして誰か守ってあげたい人でも、もういるのかい?」
「うん、いるよ! ボクのお兄ちゃん」
「へぇ? ずいぶん兄想いなんだな」
するとメイくんは少し考えた後、首を横に振った。
「えっとね、そうじゃなくて……お兄ちゃんはママとはちがうけど……パパのだいじなひとなんだよ。とってもやさしくて、だいすきなんだ」
あぁそうか……前回来た時も感じたが、この子を慈しむ家族は、俺たちみたいに同性のカップルのようだな。
「そうか、よし! じゃあ俺が騎士の誓いを教えてやろう」
「うん! でもキシって剣をもっているんでしょ? ボクにはないよ。お家にもどれば……刀があるけど」
「ははっ、刀? 物騒だな。いいかい? 剣はここにしまってあるんだよ」
俺は自分の左胸に手をあてて、ウィンクした。
メイくんも真似して、手をあてた。
「ここ? トクトクって音がするよ」
「それは命の音さ、心の剣をもっている証しだよ」
「そうなんだ」
「さぁ心の剣を取り出してご覧」
俺はジェスチャーで剣を取り出して、手に持った。
メイくんも真剣な顔で真似をする。
「そうだ。その剣を大切な人に預けて、肩に手をおいてもらうんだ」
「うんうん、帰ったらお兄ちゃんとやってみるね」
「目を閉じて祈るんだよ……謙虚であれ、誠実であれ……大切な人を守る人であり続ける! とね」
「わかった……ボクね、ずーっとずっとパパとお兄ちゃんと一緒にいたんだ」
「願いは叶うよ。君が優しい気持ちを持ち続ける限りね」
メイくんが小首を傾げる。
「どうしたらいいの?」
「一緒にいるといい、離れている時も心を合わせているといい」
そこで扉が開き、瑠衣がワゴンを押しながら戻ってきた。
瑠衣は執事服に着替えて白い手袋をし、その腕には黒い革ベルトの時計が見えた。
俺は自分の腕時計を机の引き出しから取り出して、メイくんに見せてあげた。
「この時計は瑠衣とペアなんだ。一緒に時を刻んで行く証しだ」
「わぁ……針が動いているね、チクタク……チクタク。ルイさんのも同じだ!」
「いいだろう?」
「うん! すてきだねぇ。あ……ボクもう帰らないと。お兄ちゃんが心配しちゃう」
「お紅茶を飲んでお行き」
「寂しいけれども、仕方が無いね。大切な人を悲しませるのはよくないから」
メイくんはミルクたっぷりの紅茶をコクコク飲んで、満面の笑みを浮かべた。
「ルイさん、アーサーさん、このお洋服はぬいでいくね」
「そうなの?」
「だいじょうぶ。ちゃんとボクの世界にとどいたよ」
ん? 不思議なことを言うのだな。
しかし……いつか時を超えて、この衣装が日本に行くことがあればいいな。
その時は、君に着て欲しい。
可愛い夢のお客様に――
「じゃあね。バイバイ」
メイくんはパジャマに着替え、イングリッシュガーデンの青い芝生を駆けだした。その背中には白い羽が生えているように見え、俺と瑠衣は肩を並べていつまでも、いつまでも見送った。
今日の記憶は……戻ったら失っているかもしれない。
だが俺が教えた騎士の誓いは、小さな心にしっかり刻まれたはずだ。
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