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2023年番外編『桜ひらひら、浅草見物』1
エッセイで書いた妄想をカタチにしてみます。
人力車観光とレンタル着物は昔からあったということで、ゆるりとお読み下さい。春らしいのどかなSSをご用意しました🌸
『桜ひらひら浅草見物』
****
「瑠衣、見てご覧、地上がピンク色に染まっているぞ」
「本当だね。あぁ、そうか」
「あれはなんだ?」
「きっと桜が満開なんだよ」
「Cherry Blossomか! 今回の帰国は絶好のタイミングだったな」
「うん」
間もなく日本に着陸する。
飛行機の小さな窓からは、あちこちの桜の樹が満開になっているのが見えていた。
「今回は半年ぶりの帰国になったな」
「ありがとう。充分すぎるよ。僕はもう二度と祖国の土は踏まない覚悟でアーサーの元に駆けつけたのに、こんなに頻繁に一緒に帰国してくれるなんて」
瑠衣の母国、日本には定期的に二人で帰国している。由比ヶ浜に建てた瑠衣の実家は、美しい海が目の前に広がっていて気に入っているし、何より生粋の日本人の君に、肌馴染みの良い空気と水、日本の四季を定期的に届けたいから。
俺は瑠衣に流れる日本人の血筋ごと愛している。
漆黒の黒髪、瞳、象牙色の肌。
日本人として生まれた君が持つ宝石を愛してやまないのさ。
いつまでも輝いていておくれ。
そのためには潤いが必要だろう。
「アーサー、海里たちの家に直接行っても?」
「いや、せっかくだから途中下車しよう」
「どこか行きたい所があるの?」
「以前ASAKUSAという場所に行っただろう、あそこがいい」
「あぁ皆で屋形船に乗った所だね」
「そうだ! 浅草は東京の桜の名所の一つだと聞いたぞ」
俺の提案に、瑠衣は目を細めて頷いてくれた。
「確かに隅田川沿いは桜の名所だよ。行ってみよう! ただ控えめに大人しくしていてね」
「ん? どうしてだ?」
「君のアッシュブロンドと青い瞳は綺麗過ぎて、浅草は観光客も多いから……目立ち過ぎてしまう」
「俺が目立つのはいやか」
「……」
「ちゃんと話せ、俺たちの間に隠し事はなしだ」
瑠衣が目元をみるみる染めて、小さく頷く。
まるで桜の精のようにデリケートな微笑みを浮かべている。
「……君は……僕の君だから」
「瑠衣、君は素直になったな!」
「も、もう何を言わせるんだ!
日本で雇っている運転手に頼んで、ASAKUSAで降ろしてもらった。
「おぉ、あれが雷門と仲見世か」
「やはりすごい人だね、そうだ! 仲見世の奥に美味しい人形焼き屋があるから、柊一さまに買って行こう。柊一さまのお父様がお好きだった贔屓の店だよ」
「瑠衣、もう『様』は不要だぞ?」
「あ……つい」
「それは最後な。まずは俺たちが楽んでからだ」
「アーサー、そんなにワクワクした顔をして。何かしたいことがあるんだね。言ってみて」
俺は以前、屋形船に乗った時に着た浴衣のことを思い出していた。
あれは瑠衣によく似合っていた。あれは……脱がせやすいし、色っぽいし、手を差し込みやすいし、と三拍子揃っていたよな。
「瑠衣、今日も浴衣を着てくれ!」
「アーサー、まさか……変なことを考えていないよね? 残念ながら浴衣は夏の着物だから今は無理だよ」
「いや、やましい心は……ナイ、ナイ! 他にも着物はあるはずだ。ちょっと待っていてくれ。交渉してくるよ」
****
アーサーは通りすがりの呉服屋に臆することなく入り、あっという間に話をつけてきた。
「瑠衣、ここでレンタル出来るそうだぞ!」
君の日本語が流暢なのは認めるけど、相変わらず何か閃いた時の君って、行動がすばしっこいね。
「羽織と羽織紐、帯に半襦袢、足袋に雪駄に巾着まで全部借りられるそうだ。着付けもしてくれるそうだし、この店で早速着替えよう」
「あ……もう、強引だね」
「それは……瑠衣……君の花が盛りなのがいけないんだ」
熱っぽく耳元で囁かれて、僕の頬は桜色に染まっていく。
桜ひらひら……浅草見物か。
僕たちもそんな時間を持ってみよう。
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