2023年番外編『桜ひらひら、浅草見物』3

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2023年番外編『桜ひらひら、浅草見物』3

 川沿いの桜並木を、瑠衣とゆっくり歩いた。  本国だったら君の手を握るシチュエーションだが、ここは日本だ。  ただでさえ外国人の俺は目立つから、手など繋いだら好奇の目で見られてしまうだろう。  俺は動じないが、瑠衣の心はデリケートだ。  俺は瑠衣の心も大切にしたい。    だから大人しくしているよ。  それにしても、先程から歩く度に、瑠衣の着物と俺の着物の袖が振り合う。  その度に背筋をピンと伸ばして楚々と歩く瑠衣が、桜の花のようにふわりと微笑んでくれる。 「また触れたね」 「あぁ、くすぐったい気持ちになるな」  奥ゆかしい君自身が、まさに日本の美だ。  その萌葱色という色の着物の色目と舞い落ちる桜色の花びらのコントラストが良すぎて、目眩がするよ。 「アーサー? 真っ直ぐ前を見て歩かないと、転んでしまうよ」 「瑠衣、意地悪だな。君に見蕩れていたのを知っているくせに」  ストレートに告げると、瑠衣は頬を染める。 「瑠衣と桜が似合いすぎて、どっちも交互に見ていたくなる」 「アーサーこそ和装がよく似合っているよ。その紅掛花色の着物、上品で素敵だ」  あでやかな明るい青紫色は花色の下染に紅を染めた重ねた色だそうで、瑠衣のおすすめだった。 b7091296-2274-4c84-ad84-9028539d42b0 「瑠衣に口説かれている気分になるよ」 「……口説いているのかもしれない。君があまりに素敵だから」 「へぇ、日本にいる瑠衣は、英国にいる時とまた少し違っていいな」 「そうかな? 和風なものはとても好きだよ。だからかな、あっ着いたよ」  幸芽神社 「瑠衣、この『芽』という漢字はあの坊やの名前と同じじゃないか」 「そうだよ。よく気が付いたね。僕たちのおとぎ話の住人、芽生くんの『芽』だよ」 「縁起がよさそうだな」 「……あの子に、また会いたいね」 「今度は僕たちが芽生君に会いに行けたらいいのに、そんなこと……夢のまた夢だけど」 「瑠衣、夢は叶えるものさ! また二人で夢をみよう」 「うん」  鳥居を潜り、手水舎で手と口を清めた。  それからお賽銭箱の上の鈴を鳴らした。  気持ちが厳かに整っていく。  そして、二礼二拍手一礼。  手を合わせて祈った。  アーサーの健康を。    おばあ様の健康と長生きを。  海里と柊一さまの永遠の幸せを。  それから、雪也くんの留学生活が恙なく終えられますようにと。  これは大事なことだ。  僕らがずっと一緒にいられますように。  そしてこんなことも願っていいのかな?  あの坊やが健康にスクスクと成長できますように。 「瑠衣、そろそろずれないと、後ろがつかえているぞ」 「あ……ごめん。僕……欲張りだったね」 「瑠衣、それは欲張りとは言わない」 「じゃあなんと?」 「しあわせと言うんだ」  アーサーがウィンクする。  あぁ、やっぱり君はいつだって僕の道標!  沢山の願いを持てるのは、今の僕が幸せだから。  自分のことで精一杯だった僕が、こんなにも周りの幸せを願えるようになったという証なんだね。  僕に幸せを教えてくれるのは、いつだって君だ。  
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