冬郷家の夜桜 1

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冬郷家の夜桜 1

久しぶりに『ランドマーク』書いたら、楽しくなってしまいました。 筆が乗ってきたので、あと少しだけ書かせて下さい。夜バージョンです。 eebe2580-669b-4d50-b1a9-429121239f99 **** 「瑠衣、そろそろ戻るか」 「そうだね」 「Let's go together!」  アーサーの凜々しい掛け声が、僕を鼓舞する。  僕たちは再び人力車に乗リ込み、来た道を戻って行く。  桜ひらひら舞い落る世界を抜けて、雷門や仲見世の雑踏の中へ。  かつての僕は、いつも待つのみだった。  ここで待てと言われたら、一歩も動いてはならなかった。  ずっと、そんな閉ざされた人生だった。  小さい頃は、大好きな母からも。  森宮のご当主さまや雄一郎さんからは日常茶飯事。  成長してからも、冬郷家の執事として待つのは基本だった。  だが君はいつも一緒に行こうと言ってくれる。  それが嬉しくて――   「瑠衣、浅草デート、楽しかったな。どうした? 夕日が眩しいのか」 「……アーサーの着物姿が凜々しくて」 「瑠衣こそ、まさに日本の美だよ。そうだ、このまま着て帰らないか」 「え? そんな」 「いいから任せて」  アーサーがウィンクして、あっという間に交渉し、僕たちは着物のまま、冬郷家に向かった。 **** 「瑠衣! 瑠衣! お帰り」 「ただいま、柊一さん」  柊一さんが階段を駆け下りて、ふわりと飛びついてきてくれた。 「待っていたよ! 今年の帰省はいつかなと、ずっと心待ちにしていたんだ」  なんと可愛らしいことを言ってくれるのか。 「……今年は桜の季節になりました。これ人形焼きです」 「わぁ、お父様のご贔屓だった大村屋さんのだ。それにしても、二人の和装、とても素敵だね」 「ありがとうございます」  清らかな柊一さまに憧れの眼差しで見られて、恥ずかしくなった。 「瑠衣……着物なんて懐かしいよ。僕も着てみたいけれども、あの当時……お父様とお母様の着物は全て手放してしまったんだ」  そんなことがあったのか。  当時の柊一さまの苦難を思うと切なくなる。 「あの、よかったらこの着物を着てみますか」 「え? いいの?」 「えぇ、アーサー、いいよね?」 「あぁ、瑠衣の好きにするといい。俺の着物は海里に狙われている」 「ふふっ アーサーは勘がいいな」  いつの間にか背後に白衣の海里が立っていた。 「海里!」 「瑠衣、アーサー、お帰り! 今日は仕事を早く切り上げたきた」 「会えて嬉しいよ、兄さん」 「元気そうだな。今年は桜が例年より早く咲いたんだ、もう見たか」 「実はお昼間、浅草に寄ってきたんだけど、まさに見頃だったよ」 「そうか、この屋敷にも桜の花びらが舞っているぞ」  冬郷家の庭に咲く花は、白薔薇だけではない。  樹齢のあるソメイヨシノや八重桜が、奥庭に植わっている。 「せっかくだから今宵は花見酒をするか」 「いいな!」  海里の提案に、アーサーが満面の笑みでハイタッチ。 「俺たちの花が揃ったからな」 「酔わせて愛でよう」  ……海里とアーサーって、いくつになっても悪戯な少年みたいだよ。  二人は同級生。  会えば若かりし頃に戻れるんだね。  僕にはそんな同級生はいないので、少しだけ羨ましい。  すると…… 「瑠衣と夜桜を一緒に見られるなんて、嬉しいよ」  穢れのない柊一さんに、僕の心もふっと和んでいく。  柊一さんは、僕の大切な友人だ。
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