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冬郷家の夜桜 3
僕たちが大騒ぎしていると、桂人がやってきた。
背後にはテツもいる。
今日の桂人は執事服ではなく、テツも庭師のスタイルではない。
ふたりとも小綺麗な格好で、頬を上気させていた。
「瑠衣さん、いらしていたのですね」
「うん、夕方ね」
「お帰りなさい」
「ありがとう、桂人も元気そうでよかった」
ここでは皆、僕を「お帰り」と出迎えてくれる。
それがしみじみと嬉しかった。
これで冬郷家に関わる人間は、全員揃った。
「あの……桂人とテツは今日は休みだったんです」
柊一さんがそっと言葉を添えてくれる。
「あぁそれで二人とも余所行きの格好なのか。ふむ、どこかに出掛けていたのか、あててあげよう」
アーサーがふっと微笑んで、桂人の黒髪に絡まる桜の花びらを摘まんだ。
「やっぱり黒髪に桜はよく似合うな」
「お、おい! 気安く触るなよ」
「あぁ、失礼。君の髪質は瑠衣によく似ているから、つい。で、どこに花見に行ったんだ?」
「ふっ、テツさんと上野の桜を観てきたんだ」
「UENO? 瑠衣、俺もそこに行ってみたい!」
負けず嫌いのアーサーに、誰もが苦笑する。
「それにしても、柊一さんと海里先生が着物なんて珍しいですね」
「これね、実は瑠衣のなんだ。瑠衣の和装がとても素敵で、なんというか大人の凜々しさみたいなのが眩しくて……憧れてしまったんだ。だから僕には無理だろうけど、着てみたくて」
「柊一さんにもよく似合っていますよ」
「……そうかな? やっぱり僕では大人っぽさが足りないね」
柊一さんがしゅんと項垂れると、桂人がサッと執事の顔になる。
「柊一さん、顔を上げて下さい……しいていえば……ここをもっと、こうしたら宜しいかと」
僕がきっちりと着付けた着物に、桂人が触れる。
「襟元をもう少し着崩して項をもう少し見せると、大人っぽくなりますよ。夜桜見物に行かれるのでしょう? ならばこの位色気があっても、海里さんは怒りませんよ」
柊一さんの色白な美しい肌が見えた途端、確かに大人っぽさが増した。
艶めき、色めき……揺れる淡い心。
なるほど、僕には着物はきっちり着付けないとならないと言う固定概念とらわれていたようだ。
「わぁ、海里さん、どうです?」
「……柊一」
嬉しそうに柊一さんが問えば、海里は柄にもなく頬を染め、照れ臭そうに俯いてしまった。
「柊一さん、大成功ですよ。海里さんのあんな表情見たことがありませんから。さぁ、奥庭の桜は今が盛り! 一足先に行かれて下さい!」
桂人が慣れた手付きで、柊一さんに足袋と草履を履かせる。
そして柊一さんの手を、海里と繋がせる。
「海里さん、しっかりエスコートをして下さいね。柊一さんはお着物ですから
「あ、あぁ」
「いってらっしゃいませ」
まるで執事服を着ているかのように背筋を伸ばした桂人が、スッと一礼する。
これは……
一連の動作が優美すぎて、思わず見惚れてしまった。
執事の仕事をすべて任せて日本を離れて数年のうちに、桂人、君はここまで成長したのか。
「もう完璧だ」
テツも、その様子を目を細めて見つめていた。
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