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冬郷家の夜桜 6
「柊一、眠いのか」
「……ごめんなさい」
「いいんだよ。君の艶めいた着物姿を見られただけで充分だ。最高のご褒美だった」
アーサーと瑠衣に揶揄われるほど、俺は照れていた。
いつも清純な君が、思いがけず見せてくれた色気にメロメロになってしまったよ。
襟元から覗く、項の白さ。
雪の王子のような柊一の気高さは、時が経っても変わらない。
それにしても桂人……君はこの冬郷家の執事の仕事が板に付いたな。
正統派の瑠衣の作法をしっかり受け継ぎながらも、桂人らしい奔放さがエッセンスになっている。
おかげで、夜桜にも勝る色っぽい柊一に出逢えたよ。
着物姿の柊一をソファに座らせて、水を飲ませた。
「柊一、少し待っていてくれ。俺は着物を脱いでくるから」
そう告げると柊一が、はっとした表情で顔を上げた。
「どうした?」
「とてもお似合いでしたのに、もう脱いでしまわれるのですか」
「本当に、似合っていたか」
「もちろんです。海里さんの華やかなお顔立ちにシックなお着物が融合する感じがなんともいえない程モダンで……あぁ海里さんは本当にカッコいいです」
恋人に手放しで誉められては、こそばゆい。
鏡に映る和装の自分を見つめ、遠い昔を思い出した。
異国の血が混ざる顔立ちは今でこそ珍しくもないが、俺が小さい頃は明らかに異形だった。
正月や節句……成長してからは茶会で着物を着せられるのが苦痛だった。
客からの不躾な視線、好奇の目。
何もかも苦手で堪らなかった。
早く、早くこの家から出たい。
俺の力で生きて行けるようになりたいと願う日々だった。
そんな苦い想い出が募る俺の和装を、柊一がうっとりと見つめてくれる。
「そうか、悪くないのか」
アーサーのように堂々と顔を上げて着れば良かったのだ。
あの日も、あの時も。
ふと帯にさしてもらった根付が目に留まった。
桜の根付か、粋だな。浅草の神社に寄ったと言っていたな。同じものを柊一にも贈りたい。
「柊一、世の中は桜も満開だ、春爛漫だ。明日は休みだから、浅草に俺たちも遊びにいかないか」
柊一は、ソファで転た寝をしていた。
手には桜の根付を持って。
「大丈夫、柊一の夢はすべて叶うよ。俺が叶えてあげよう」
****
窓の外が明るくなる頃、ようやく重い瞼が開いた。
一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、焦った。
そうか、ここは日本の冬郷家だった。
瑠衣の帰省に付き合って、俺も遊びに来たのだ。
昨夜は夜桜を持ち帰り、ベッドに瑠衣を押し倒し……
それから……
んん?
一糸乱れぬ姿で眠る俺。
その横ですやすやと眠る瑠衣も、昨夜の服装のままだ。
「あぁ!! 俺……寝ちゃったのか」
参ったな。
時差ボケで慣れない着物をきたせいか。
いやそうじゃない。
日本にやってくると、瑠衣の包容力が増すからだ。
柔らかい愛情を注がれて、つい幼子のように甘えたくもなってしまったようだ。
本当に瑠衣は魅力的な男になったな。
出会った頃は、今にも儚く消えてしまいそうだったのに、俺と出会い、俺を知り、瑠衣自信が自分を信じられるようなったからなのか。
「瑠衣、今日も愛してるよ」
「ん……アーサー、もう起きたの」
「二人で寝落ちしたようだな」
「あ、僕まで!」
「瑠衣も俺に甘えてくれたんだな」
以前の瑠衣なら風呂に入らずに眠るなんて、絶対にあり得ない。
「……うっかりしてしまった」
「それでいい。瑠衣を道連れに出来て嬉しいよ。ということで仲良く風呂に入るか」
瑠衣が寝起きの顔を見せてくれる。
無防備で可愛い顔を。
そして今度は俺に甘えてくれる。
大きく手を広げて、俺を呼んでくれる。
「……そうしてみようかな。君が連れて行ってくれないか」
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