冬郷家の春 3

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冬郷家の春 3

 浴室で、先に瑠衣だけを解放した。  明るい日差しの中で、高揚し悶える瑠衣はとても美しかった。  色白の肌が色づく様子は、まるで満開の桜の樹のようだった。  特に果てる瞬間の瑠衣の表情は、艶やかで最高だ。  散り際までも美しい。  散った後も、大地を潤す新緑の葉に覆われる桜。  繰り返し春をもたらす桜は、永遠の愛の象徴のようだ。  そのまま脱力している瑠衣をベッドに寝かせ、カーテンを開けて朝の日差しの中を招き入れた。 「瑠衣、俺もいいか」 「うん……来てくれ」  光りの洪水の中で、今度は俺自身を瑠衣に埋め一つになった。  春風のように優しく腰を揺らし、柔らかな耳朶を甘噛みして愛を囁く。 「アーサー……今日はとても穏やかな逢瀬だったね」 「朝バージョンさ」 「ふふっ、昼バージョンもあるの? 夜は知っているけれども」 「瑠衣、誘っているのか」 「え! 違うからっ」 「朝から運動して空腹だ。桂人に頼んで何か持ってこさせよう」 「それなら、きっともう廊下に置いてあるよ」 「え?」  瑠衣が気怠げに起き上がろうとするので、慌てて制した。 「駄目だ。俺が持ってくる。瑠衣専属の執事は俺だ」 「くすっ、そうだったね」    日本にいる時の瑠衣は執事と俺の恋人の狭間で揺れることも多いが、抱いた直後は、俺に素直に甘えてくれる。それが嬉しくて堪らない。  ドアを開けると本当にワゴンが置いてあった。 「どうして分かった?」 「……さっき微かな物音がしたからね」 「流石だな」  銀色のドーム型の蓋を開けると、美味しそうなクロックムッシュが現れた。 d838982a-4709-4410-897e-646b05caa126(コラージュ うみ) 「へぇ、驚いた! 日本でこんな本格的なクロックムッシュを食べられるとは」  ワゴンを押して部屋に入り、瑠衣に見せると目を丸くしていた。 「これ、本当に桂人が作ったの?」 「あぁ、そうだろう。メッセージカードもご丁寧にフランス語だ」  ―― Bon appétit! どうぜ召し上がれ! ―― 「瑠衣と昨年旅行したパリを思い出すな」 「シャンゼリゼ通りを歩いて凱旋門に登ったね」 「エッフェル塔もな」 「あの時、エッフェル塔が見えるホテルに泊まった時も、朝食で食べたよね。あの時も同じメッセージカードが添えられていたね。で、メッセージに煽られた君が僕を押し倒したのも、旅の思い出だよ」  瑠衣が肩を揺らして笑っている。    可憐な微笑みにまた煽られる。 「これを食べたら、瑠衣も食べてもいいのか」 「え! もう終わりだよ。そろそろ柊一さんが起きる時間だ」 「瑠衣、まだ行くなー!」  瑠衣に泣きつくと、瑠衣が優しく背中を撫でてくれた。 「僕の君は、今日も可愛いね」  うーん、これでよいのか。
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