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冬郷家の春 ~おとぎ話のイースター~
「瑠衣~ 何をしている?」
「イースターパーティーの準備だよ」
「そうか! 今日はイースターだったな。俺も手伝うよ!」
「助かるよ。実はテツと桂人に用意出来たのは、ゆで卵だけだったので困っているんだ」
瑠衣が箱の中の白いゆで卵を揺らして、苦笑した。
「ははん、それだど、ちょっと色気が足りないな」
「くすっ、イースターに色気はいらないよ。でも……夢が足りないかな」
「よーし、俺に任せろ」
俺はトランクの中から英国から持って来た宝石箱を取り出した。中にはキラキラ輝く小さな宝石や天然石が沢山入っている。日本滞在中にイースターを迎えることは気付いていた。だから準備万端なのさ!
「キラキラ輝いて綺麗だね」
「冬郷家のイースターパーティーだから、煌びやかにしてやろう。何しろ相手は王と王子さまだ。さぁ、これを使おう」
「やっぱり君って素敵過ぎるよ!」
「へへっ、瑠衣も手伝ってくれるか」
「喜んで!」
子供の頃から散々おばあさまのイースターパーティーの手伝いをしてきたので、卵を黄色やピンク色に染めるのは朝飯前だ。
染色した卵に、瑠衣が器用にピンセットと接着剤で宝石を飾り付けてくれた。すると卵自体がまるでおとぎ話に出てくる宝石のように、目映く輝き出した。
「綺麗だな」
「柊一さんがお好きそうなイースターエッグが出来たね。アーサー、本当にありがとう」
「お礼はここに頼む」
頬を差し出すと瑠衣が目を細めて近づいて、俺の頬に触れて、そのままチュッと口づけしてくれた。
唇に!
「瑠衣?」
「そ、その……愛を込めてみたんだ」
目元を染める瑠衣が可愛すぎて、今すぐ背後のベッドに押し倒したくなった。
このまま狼になりたい!
そう訴えながら熱く見つめると、瑠衣がふっと頬を緩めた。
「アーサー、こっちに来て」
「あぁ」
「あのね、今日の君の服、素敵だね」
俺の着ている白いベルベットのジャケットを、瑠衣が熱心に撫で出した。
素敵だろう? イースターのために誂えた一張羅さ!
「アーサー、今日の君って、なんだかウサギちゃんみたいだね」
「え? なんでうさぎなんだ? 俺は獅子だ! 忘れたのか」
「僕はうさぎが好きだよ?」
「いやいや、うさぎは君だ!」
俺は再びトランクを開けて、うさぎの着ぐるみを取りだした。これも英国からわざわざ持参したイースターアイテムさ!
「冬郷家には英国のようにイースターバニーがいないから、瑠衣がならないと」
「え? あっ……」
慣れた手付きで瑠衣の着ているものをするりと脱がし、スポッとうさぎの着ぐるみを被せた。
「えっ、僕がうさぎになるの?」
「柊一さんが喜ぶだろう」(一番喜ぶのは俺だが)
「そ、そうかな?」
「そうそう、だからそのまま庭に隠れてイースターバニーになってくれよ」
「少し恥ずかしいけど、柊一さまが喜ばれるなら一肌脱ぐよ」
「絶対喜ぶ!」(俺も!)
というわけで、二人で冬郷家の庭中にイースターエッグを隠し、茂みに隠れた。
瑠衣……白くてふわふわな丸い尻尾が可愛いな。
その小降りでキュッと締まった可愛いヒップに触れたくて、ムズムズする。
うさぎ姿の瑠衣に、今すぐ襲いかかりたい気持ちを抑え込むのに苦労したが、なんとか任務完了だ。
「アーサーさん、大変そうですね。これ飲みます?」
テツが謎の黒い液体を差し出してきた。
危険な香りがするぞ!
「これ、なんだ?」
「……制欲剤入りです」
「そんなもの、いらん!」
俺の夜のお楽しみを奪う気か!
ブンブン頭を横に振って拒否した。
「ははっ、じゃあこのイースターチョコは?」
「お! 気が利いたもの用意したな」
「こっちは性欲増進剤入りです」
「お前なぁ~ 極端すぎる! どうして、そんなものばかり持ってくるんだ?」
「試作品ですから」
「誰に使うつもりだか」
テツがニヤリと笑う。
「それはもちろん……自分ですよ」
「お、おう! そ、そうか」
俺たちのくだらないやりとりを、桂人が白い目で見ながら、通り過ぎていった。
桂人は俺が教えた通りバスケットの中に春色のラップサンドを用意し、中庭に大きな敷物を敷き、イースターのパーティー会場を設営した。
随分手際良くなったな。
後は、浅草見物を終えた二人が戻ってくるのを待つだけだ。
「ようし、テツさん、おれたちも着替えよう!」
暫くすると、テツと桂人は何故か背中に毛皮を巻き付けて、まるで狩人のような出で立ちで戻ってきた。
「おい、なんで、その格好?」
「イースターらしく瑠衣さんにあやかって、うさぎになっているんですよ」
「それが、うさぎ?」
「……黒ウサギだ」
「そ、うか、野蛮な野獣かと思ったぜ」
「野獣……ははっ、狼はもういますからその役は不要ですよ」
二人にじろっと見られて、へへっと笑うしかなかった。
おかしいな?
俺は純白の衣装を着ているのに、煩悩ダダ漏れってことなのか。
「あ、お二人がお戻りですよ」
門の向こうに、麗しい海里王と愛らしい柊一王子が立っている。
いよいよ、おとぎ話の住人のお戻りだ。
この冬郷家の主人公たちよ!
ようこそ英国仕込みのイースターパーティーへ!
****
正門から庭を歩き出すと、庭のあちこちがキラキラと輝いていた。
よし、イースターの準備は整ったようだな。
「柊一、少し庭の散歩をするか」
「いいですね」
エスコートするように庭を歩き出すと、柊一の目が輝き出した。
庭をキョロキョロ見渡して、顔を赤くしていた。
「海里さん、海里さん、大変です」
「どうした?」
「あの……お庭に魔法がかかっているようです」
「そうか、もしかしてイースターだからじゃないかな」
「イースターって外国の風習ですよね。でも我が家には生憎イースターラビットはいないので無理では?」
「そんなことないよ。ほら、あそこに」
遠い茂みにウサギの耳が見え隠れ……(あれは瑠衣だな、サンキュ!)
「わぁ! 可愛いウサギですね! あっ、こんな所に卵が……しかも宝石がついていますよ」
柊一の目がどんどん輝きを増す。
「柊一、エッグハントをしようか」
「卵を探すのですね」
「そうだ。流石君は外国の風習に詳しいね」
「ずっと憧れていました。おとぎ話のようだと」
「じゃあ、その夢は叶うよ! ここは君だけのおとぎの世界だから」
桜の花びらが舞う森の中。
俺と柊一は宝石卵を見つけながら、奥へ奥へと進んだ。
途中で黒いウサギとアッシュブロンドの狼も見かけた。
皆、遠くの茂みから、俺たちの行方を見守ってくれている。
優しく見守ってくれている。
宝石卵を抱えて庭の最奥に辿り着くと、そこには大人二人が余裕で横になれる敷物が敷かれており、ラップサンドやキャロットケーキなどがずらりと並んでいた。
「わぁ! 素敵ですね」
「おいで」
「はい!」
「ここで、俺たちだけのイースターパーティーをしよう」
「はい……あっ……」
柊一を思い切って敷物の上に押し倒した。
「新しい命が生まれ出てくる卵は、生命や復活の象徴で、ウサギは多産だから繁栄や豊穣の象徴とされているんだ。その……つまりイースターに身体を繋げると幸せになれるそうだよ」
「そうなんですね」
「そうだよ。だから君を、ここで抱いてもいいか」
「こんな外で? 大丈夫でしょうか」
「ここには誰も来ないよ。イースターラビットたちは、それぞれの寝床に帰ったからね」
「あ……はい。では……海里さんの仰せのままに……してみたいです」
柊一は甘い笑みを浮かべ、両手を広げてくれた。
だから俺は心を寛がせ、君の中に飛び込んだ。
Happy Easter!
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