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紐解いて 2
「失礼します」
「瑠衣か、待っていたよ」
兄の部屋のカーテンは、暗く閉ざれていた。
「今日は全部、脱げ」
「……」
「早くしないか」
「はい」
大学で美術サークルに入っている兄は、絵を描くのが趣味だった。
だから……僕は高校生になった時からずっと、裸体モデルを強要されている。
兄だけでも戸惑うことなのに……兄の友人が……数人一緒の時もあった。
『ヌードデッサンモデル』と言えば聞こえはいいが、僕だって生身の人間だ。羞恥心もある。ましてモデルをしたいわけでもない。
まじまじと同性から、躰の隅々まで観察されるのは、正直辛かった。
人体の構造を学んだり描くために裸になるのは当然だと、頭では理解していても………まだ年若い僕には、見知らぬ人の前で躰の全てを、白日の下に晒すのは苦痛でしかなかった。
それに母親似の色白で女顔の僕は、兄の友人から卑猥な目で見られることも多かった。そういう類いの人種に興味を示される容貌だということは、自分でも何度か嫌な目に遭いそうになって理解していた。
兄は純粋に絵のモデルとして扱ってくれても、兄の友人の目は仄暗く恐怖だった。執拗な視線に爪先まで絡めとられるようで、回を重ねるごとに嫌悪感が募っていた。
このままでは、何かもっと良くないことに巻き込まれてしまうのでは。
見えない不安に苛まれ、憶える日々だ。
「なぁ雄一郎、この子は本当に綺麗だな。今度俺の別荘で、会員制のデッサン会を開くので貸してくれないか」
「……この子は……私、専属だ」
「お堅いこと言うなよ。可愛がってやるよ、悪いようにはしないからさ」
「いや……今はまだ駄目だ」
デッサン会とは名ばかりの……不穏なものを感じる話し方。
今はって……じゃあ、いつかは、そうなってしまうのか。
いつ兄の気が変わるか分からない。
怖い──
まるで奴隷にでもなった気分だ。
「瑠衣、今日はもういい。見つからないように早く出ていけ」
「……はい」
やっと自由になれると思うと、ほっとした。
20分間隔で6ポーズも取らされ、動くと叱られるので辛かった。
不慣れな僕はマネキン人形にでもなったような気分で、いつもモデルをした後は、とても疲れ、酷く落ち込んだ。
急いで衣類を身につけ部屋を出ると、廊下に海里が腕を組んで不機嫌そうに立っていた。
僕を見ると、海里は彫りの深い端正な顔を歪めた。
「瑠衣、ちょっと来い」
「あっ」
腕を引かれて人気のない書庫に連れ込まれた。
「痛い! 離せよ」
「お前さ、一体何をしてる? 兄さんの部屋でコソコソと」
「な……何もしてない」
「それは嘘だろう?」
「海里……」
「俺には話せよ。俺は、お前の味方だろう!」
その言葉に、幼い頃を思い出す。
僕は6歳で母を亡くし、そのまま屋根裏部屋の女中部屋で鼠のように薄汚れて暮らしていた。突然保護者を亡くし、他の女中は見向きもしてくれない。
かろうじで食事と着替えを与えられたものの、目につく所に出るなと言われていたので、下働きの後は部屋の片隅で蹲っていた。
そんな僕に、最初に手を差し伸べてくれたのは、海里だった。
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「やぁ、君が瑠衣?」
「え……なんで僕の名を」
「こっちにおいでよ。君と話してみたかった」
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