湊の嘘

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湊の嘘

「ねえ、もしかして風邪?」 咳をする湊に危機感を覚え、れんげは「早く帰ろう」と促した。 中間テストはあさってからだ。 今から体調を崩しては元も子もない。 「今日は一人で帰って」 「え? それはいいけど、駅までは行くよね?」 「……」 黙り込んでしまった湊を不審に思いじっと見つめていると、背後から明るい声が飛び込んできた。 「よっ! そんなとこでイチャイチャしてるとお邪魔だよー」 「拓海君」 振り返ったれんげと湊の表情が冴えないのに、拓海はすぐさま気付き、心配そうに二人を窺った。 「どした?」 「湊が風邪みたいで、早く帰らなきゃって」 れんげが思ったままを伝えると、拓海は思わぬことを口にした。 「そっか。じゃあ、れんげちゃんとは俺が一緒に駅まで行くから、湊はそのまま帰れよ」 どういう事だろう、とれんげは首を傾げる。 「そのままって、どういうこと? 二人とも電車だよね? だったら駅までは結局一緒になるよね?」 数秒の間があり、拓海が「しまった」という顔をする。 「あー……」 訳がわからず、れんげは湊に視線を注いだ。 「はあぁぁ……」 湊の盛大な溜め息の後に、拓海の申し訳なさそうな謝罪が聞こえた。 「悪い、湊」 「別に。お前のせいじゃないし。とりあえず、行こう」 湊に促され、れんげは正門を出る。 少しだけ鼻声で喋る湊が気になったが、ただでさえ目立つ彼と一緒にいるのだからと黙って従う。 「こっち」 促されたのは駅とは逆方向で、れんげは少し苛立った。 駅へと続く道の先には商店街があり多少賑やかさもあるが、西側には住宅街が広がっているだけで、帰路につく生徒の姿も多くはない。 「ねえ、なんでこっちなの? 早く帰らなきゃ」 「帰ってんだよ」 「だからどこへ? 駅と反対じゃない」 「俺の家」 「え……?」 湊が指差すのは、数十メートル先にある五階建マンション。 拓海と同じ小学校に通っていたのなら、湊の家がここにあるのは不自然だ。 「ねえ、どういうこと? 拓海君とは地元が同じなんだよね? だったらどうして?」 「中学までは同じ町内。そのあと親が離婚して、ここへ来た」 そういう事情があるとは気付かずに嫌なことを言わせてしまったとの思いから、申し訳なくてれんげは俯いた。 「そっか……ごめんね、嫌なこと聞いちゃって」 「別に。よくある話だろ。お前が気にする事じゃねえだろ。カッコつけてたんだよ、俺も」 どういうことかと尋ねる代わりに湊の瞳を覗き込むと、フイと目を逸らされた。 けれども毎日れんげを送るためだけに家とは反対方向の駅まで行っていたとなると、それこそ時間を無駄にさせていたことになる。 自分のせいで要と勝負することになってしまったのに、大切な時間まで奪っていたことが心苦しい。 「ごめん、気付かなくて。結局迷惑かけちゃってるし……そうだ、お詫びに何か買ってくる、のど飴とか! コンビニあるかな?」 「いらねえ」 断りながらも咳をする湊に、れんげは食い下がる。 「お願い! ね?」 必死な思いを込めて見つめると、湊は溜め息を吐いてコンビニの場所を教えてくれた。 「わかった、すぐ戻るから! 家で休んでて!」 教えられた道を、れんげは急いで駆け出した。
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