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素直なれんげに
ドアの開く音に飛び起きるようにして姿勢を正すと、湊がスポーツドリンクを差し出した。
「飲め、俺のおごり」
本当は、昨日れんげが買って渡したものだろう。
「ありがとう」
走ったり緊張したりで喉が乾いていたれんげは、素直にそれを受け取り喉に流し込んだ。
「お前が素直とか、明日は豪雨か」
「そうかも……」
素直ついでに言ってしまえ、とれんげは心に引っかかっていた事を告げる。
「あのね、拓海君に聞いちゃったんだ。東條君とも同じ中学だったって。勝手にごめん。湊、東條君には本性隠してなかったでしょ? だから、どうしてかと思って……嫌いなの? 東條君」
ベッドにもたれるように座る湊の顔を見つめるが、目を合わせるつもりはないようだ。
「要の方がいいって、振られたんだよ。告ってきた奴に」
どういうことだろう、と考えるれんげに湊は続ける。
「俺を好きだって告白してきて付き合ったら、イメージと違うって、勝手に幻滅して振られた。で、要と付き合って。要はそいつのイメージ通りだったんだと」
「イメージって」
「ろくに知らない奴の告白なんて信用できないし、俺がこういう性格だって知ったらまた幻滅されんの鬱陶しいからな」
そんな理由があったとは知らなかった。
けれど自分も湊のことを「爽やかで優しそう」とイメージで判断してしまっていたのだと気づかされ、申し訳ない思いがざわめいた。
湊を傷つけてきたのかもしれない。
「私も、ごめんなさい」
湊の顔を見ていられなくて、れんげは膝に置いた手を握りしめた。
「お前も俺の顔だけが目当てか」
「……」
「そこは否定しろよ」
「だって、そういうつもりじゃなかったけど、最初は、見た目で判断したのは事実だし……」
ボスッと湊が腕をベッドに乗せ、れんげを振り返る。
「でもお前、全然怯んでなかったけど? むしろ言い返してきたし」
「ぐっ、それは」
「それは? 俺のせい?」
れんげは小さく頷く。
「でも他の奴らは一回断ればそれ以上は言って来なかった。お前ほどしつこい奴いねえよ」
「ひどい……」
思わず涙目になるれんげの瞳を、ぐいっと身を乗り出した湊が覗き込んだ。
「お前は? イメージと違う俺のことが嫌なら、今すぐ帰れ」
(私は、湊のこと……)
れんげは首を振った。
告白して玉砕しまくっていたあの頃のように、容易く思いを伝えることはできないけれど。
爽やかな王子様のような人ではなかったけれど。
湊の手に頬を包み込まれ、れんげはくすぐったさに首をひねる。
そのまま顔を上向けられ彼の双眸に見つめられると、心臓が飛び出そうだった。
湊の顔が近づいてきて、キスされるのだと身構える。
(どうしよう! 緊張する!)
近づく距離に、目を閉じようか悩んでいるところで、「ぐうぅ」とムードをぶち壊す音が二人の間から聞こえ、湊が吹き出した。
「ぶはっ! あはははっ!」
れんげのお腹が鳴ったのだ。
恥ずかしさにいたたまれないれんげは両手で顔を覆い、唸り声を上げる。
顔から火が出るとはこの事だ。
「っ! 恥ずかしい……」
「要に勝ったら、もらうから」
耳元に吹き込まれた言葉でさらに顔を赤くして、れんげは抱えた膝に顔を埋めた。
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