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未遂の余韻
「ただいま」
「おかえりー。今日はね、美味しいプリンがあるのよ。れんげも——れんげ?」
玄関からそそくさとリビングへ入り、キッチンから話しかけてくる母親の声を無視して自室に入ると、すぐにドアを閉めた。
鞄をどさりと下ろし、ベッドに倒れこむ。
いつもの洗剤の匂いがほんのりと香って、湊の部屋での出来事を余計に思い出した。
——要に勝ったら、もらうから——
湊の言葉が頭の中で渦巻いて離れない。
あれは、キスする、という意味に違いない。
整った湊の顔が近づけられて、あと数センチで触れそうだった。
あのまま触れていたらと考えると、それだけで悶絶してしまう。
けれど過去に、キスをする振りで写真を撮られからかわれたのを忘れたわけではない。
もしもまたからかわれているのだとしたら酷く落ち込むだろうと想像して、実は期待している自分に気がついた。
そのことがまた恥ずかしい。
「あー、もうっ」
テスト勉強をしなければとは思うものの、湊のことが頭から離れず机に向かう気になれない。
どうしよう、明日は苦手な数学があるのに。
「湊のバカ……」
顔を埋めた枕を抱きしめて、れんげは小さく呟いた。
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