湊にご褒美

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湊にご褒美

あの東條要を抜いてついに成瀬湊が首位を取ったのだ、と学年中の噂になった。 入学時から一度も変わらなかった順位だ。 それを覆すのにどれほどの努力を要したか。 湊の努力が実ったことが、何よりも嬉しい。 れんげ自身のテストの結果はさておき。 いつも通り湊と駅までの道を並んで歩くれんげは、上機嫌だった。 言葉は交わしていないけれど、二人の間に流れる空気はどこか温かいように思える。 結果が出せて、湊も嬉しいのだろう。 (なんだか幸せだな) そう思った瞬間パシッと手を掴まれて、れんげは足を止めた。 さっきまで前へと向かっていた体が急に後ろへ引っ張られ、れんげは危うく転びそうになる。 「っとっと、ちょっと! なに?」 「忘れ物」 何を忘れたのだろう? と思いながらついて行くと、湊は正門を通り過ぎて行こうとする。 「ねえ、どこまで行くの? ここだよ、学校」 もしかして、風邪が治りきっていないためにぼんやりしているのだろうか。 「俺の家」 れんげの心配は杞憂だった。 発せられた湊の声に、体調の心配はなさそうだと安堵する。 けれど、家に帰るのならついて行く必要もないはずだ。 (家に忘れ物? なわけないか。病み上がりだから早く帰りたいのかな?) 「だったら私、一人で帰れるから」 湊が急に立ち止まり、れんげは腕を引かれるような形で立ち止まる。 振り返ると、苛立ったような湊と目が合った。 さっきからずっと繋がれている掌が熱い。 「帰さねえよ」 ドキン、と心臓が鳴る。 昼間の往来で高校生が言っていい言葉だろうか。 「お前からもらうもの、忘れてただろ」 ——要に勝ったら、もらうから—— あの日の言葉を思い出してれんげは赤面する。 「さっさと覚悟決めろ」 「そんな簡単に……」 「ひと気のあるところがいいか、ないところがいいか、選ばせてやる」 「なにそれ?!」 「選べないなら今すぐここで」 「わーっ!」 梅雨入り前の明るい陽射しに照らされながら、れんげは俯いて告げた。   「……ない、ところ」 「二人っきりになりたいのか」 意味ありげに呟く湊を睨みつける。 「変な言い方しないでよ」 「じゃあ、なりたくないと」 「もうっ、そんなことは……言って、ないけど」 結局からかわれた、と唇を尖らせるれんげとは対照的に、湊は口角を上げた。 「行くぞ」 このまま湊の部屋へ直行するのかと身悶えていると、マンションを通り過ぎ近くのコンビニへ向かうと言う。 「腹減った。お前も何か買えば? また腹の虫に邪魔されんの嫌だし?」 「っ! 買うから、大丈夫だし!」 くつくつと笑う湊に背を向けて、れんげはコンビニの中をスタスタと歩いた。
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