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一番会いたくて、一番会いたくない人。
「湊? ……どうして?」
湊の家は学校から程近いマンションだ。部屋に上げてもらったこともあるのだからそれは間違いない。
それならばどうしてこんな場所にいるのかがわからず、れんげは立ち尽くした。
「用があるって言っただろ」
こんな田舎の駅を降りたところに何の用があるのか見当もつかず、れんげは首を捻る。
工場を囲む塀沿いに歩いていたれんげの方へ歩み寄ると、湊は少し怒ったように口を開いた。
「お前に用があるんだよ」
「私……」
瞬時に湧いた想像が望まないものであったことが、れんげをより不安にさせる。けれど、もう逃げられない。
「なんで避けんの」
「避けては……」
「避けてんだろ? なんで?」
何と言っていいかわからず、れんげは口ごもる。
「嫌だった? キスしようとしたの」
湊の問いにれんげは頭を振る。
嫌じゃない。嫌ならこんなに悩まない。
「じゃあ何? 他に好きな奴でもできたか」
「違うよ!」
思わず声を荒げたれんげに、湊は静かに聞いた。
「ならどうした? 言ってみ?」
二人きりなのにこんなに優しい声を出すなんて、湊はずるい。
そんな大人びた優しさ、今まで見せなかったくせに。
自分だけがどんどん湊を好きになって、離れられなくなって、それなのに。
れんげの大きな瞳から、涙が溢れ出た。
「何で今、そんなに優しく言うの? いつも強引で、意地悪で、からかってばっかりで、それなのに……」
「おい、散々だな……とりあえず、泣くの止めろ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、湊の指先が優しく涙を拭う。
「いじめすぎた?」
優しい口調に不似合いなボスッという音をたて、足元近くに鞄が落ちた。
れんげの背中に湊の両腕が回されて、湊の香りに包み込まれてしまったれんげは、思わず本音を零した。
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