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覚悟と我慢
頭を撫でていた湊の手がゆるゆると降りて行き、れんげの背中で交差する。
嬉しい気持ちを噛みしめながら湊の背に腕を回すと、突然体が宙に浮いた。
ボスッと鈍い音を立て、れんげの鞄が道端に落ちる。
(え!?)
90度回転し、工場の塀に背中が押し当てられている。
けれど、腰と頭の後ろに回された湊の手が、れんげを傷つけないよう守ってくれていた。
塀に付いた湊の腕が、れんげを隠すように覆っている。
逃げることもできなかったし、必要なかった。
抱きしめられながら、れんげは湊の瞳を見つめる。いつも意地悪に細められていた目は今、真っ直ぐにれんげだけを見つめている。
日常ではあり得ない至近距離で合わせてしまった湊の双眸に心臓が騒ぎ出すけれど、もう覚悟は決まっていた。
もうどこを見ているのかわからないほど近づいたその時、れんげの唇は塞がれていた。
押し当てられる湊の唇は、案外柔らかい。
そう気づいて、慌てて目を閉じる。
圧迫感が消え、終わりかと思ったのは一瞬で、唇は湊に食まれた。
キスなんて初めてのれんげにはどうしたものかわかるはずもなく、ただされるがままだ。
閉じた口はこのままでいいの?
呼吸はどうしたらいいの?
さっぱりわからない。
少し苦しくなってきて、湊の腕につかまるように手を置いた。
食まれた唇がムズムズして、詰めていた呼吸が逃げ場を求め出る。
「んぁっ」
思わず飛び出た聞いたこともない自分の声に、れんげは当惑した。
恥ずかしさに頰が赤く染まる。
解放された唇に空気が触れて、濡れていたことを認識した。
湊の髪がさらりと頰を撫で、トン、と肩に重みがぶつかる。
「お前、エロい声出すなよ」
「だって……」
「はぁぁ……我慢してんのに」
何をどう我慢しているのかはわからなかったけれど、れんげはそっと湊の背中に腕を回し、抱きしめた。
「ごめんね。あと……好き」
れんげの囁きに、湊が悶絶したのは言うまでもない。
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