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星降る夜の、真坂46♪
星降る夜。
夜空には雲一つなく、空気は、シン、と澄み切っていた。
星降藩藩士・真坂権十郎は、近頃、ちょいと恋仲になりつつあった、乃木坂町で評判の一膳飯屋『しらいし』の看板娘・おまいと、小高い丘の上にいた。
大きな木の切り株に腰を掛け、おまいが持参した鯖寿司を食しながら、星を眺めていた。
「おまいどの、今宵は、満天の星空でござるな」
「さようでございますね、真坂さま」
「星降る夜とは、今宵のようなことを言うのであろうな」
権十郎は、少しばかり、詩的に洒落たことを言ったつもりだった。すると、
「またまた、そのようなお戯れを」
「んっっっ?!」
権十郎は、おまいからの思わぬ切り返しに、鯖寿司を、のどに詰まらせそうになりながら、
「某、戯れ言等……、何も申しておらぬが……?」
と、少し怪訝に、納得しかねる向きを、おまいに伝えた。
「ウソ! 権十郎さまは、いつもウソばっかりでございます!」
「えっ?! 某、そなたにウソを申したこと等ござらぬが」
権十郎は、おまいが、自分の何に対して怒っているのか、てんで見当がつかなかった。
やましいことは何もない。浮気の『う』の字も、思い当たるフシがない。
「はて? おまいどの」
「何でございますッ?!」
権十郎が、おまいの怒りの矛先が何なのか、問い質そうとすると、やはり、プイッと怒っている様子だった。
「誠に、あいすまぬことではござるが、某には、おまいどのが、何に対して立腹しておるのか、てんで見当がつかぬのじゃ」
と、権十郎は、丁重に、かつ、正直に、その旨を伝えることにした。
「さようでございますか! どうしても、お分かりにならないと、申されますか?!」
「すまぬ。教えてくれぬか?」
「真坂さまは、私に、『年齢は、二十六』と、申されましたッ!」
「えっ?!」
「でも、実際は、四十六ではございませぬかッ! 二十もサバを読む、誠に厚かましき若作りな所業、恐れ入りましてございますッ!」
「待たれ、待たれいッ! 何をおっしゃる、うさぎさん! 某、そなたに、正直に、四十六と申したでござろうッ! 偽りを申した覚えはござらぬぞッ!」
「さようでございますか?!」
「さよう! 『二十(にじゅう)』と『四十(しじゅう)』を、聞き間違えられたのではござらぬか?」
「では……、そういうことに、いたしておきましょう」
なるほど、それで今宵は、おまいお手製の鯖寿司に引っ掛けて、サバ読み疑惑をぶつけて来たのかと、権十郎は納得した。
権十郎は、平静を取り戻したフリをしながら、「美味い! 美味いの~!」と、褒めちぎりまくり、おまいの鯖寿司を頬張り続けた。
心持ち、おまいは機嫌を直したようで、権十郎は、若干の思い当たるフシがあっただけに、上手く乗り切ることができたと安堵した。
しかし、それも束の間。おまいは、再び、権十郎を睨みつけた。
「権十郎さまのウソは、まだございますッ!」
「何をおっしゃる、うさぎさん! 某、そなたにウソ等申した覚えはござらぬぞッ!」
権十郎は、「確か、もう、何もなかったはずじゃ~……?」と、脳裏に若干の不安は抱きつつも、毅然と、おまいの突っ掛かりMaxな言い掛かりを突っぱねた!
がッ?!
おまいは、一歩も引かなかった。
「では、伺いますッ! 先刻、真坂さまは、『星降る夜とは、今宵のようなことを言うのであろうな』と、申されましたッ!」
「確かにッ!」
「では、伺いますッ! 降ってございますかッ?!」
「はっ?!」
「雨や雪が降るように、星が降ってございますかッ?!」
「な、何とッ?!」
「雨や雪が降るように、『星』・が・降・っ・て・ご・ざ・い・ま・す・か~ッ?!」
「え、えぇ~っ?!」
権十郎は絶句した。「このおなごは、腹立ち紛れに、いちいち、言葉尻を捕まえては、噛みついて来るおなごだったのか?」と、おまいに言い返す言葉が見つからなかった。
どうしたものか……?
権十郎は、しばし目を閉じた。
「何をおっしゃる、うさぎさん!」と、頭の中に若干の迷いがよぎりながらも、「夜霧よ、今夜もありがとう♪」と、夜霧に感謝を申し上げつつ、瞑想を続け、心を鎮めた。
「おまいどの」
「何でございましょう? ご自身が申されましたウソを、いよいよお認めになる覚悟を、お持ちになられましたか?」
「いやいや~、おまいどの。真坂権十郎、一世一代の大勝負でござるッ!」
「はっ? お、大勝負ッ?!」
「見届けて参られよッ!」
「は、はいぃ……?!」
キョトンと首を傾げて、権十郎を見つめるおまい。その前で、真坂権十郎は、人生に起こりうる、限りなく確率の低い『偶然』、所謂、ただただ『まぐれ』に期待をし、おもむろに、雨乞いのように、その念を込めた祈りを夜空に捧げた。
そして、その祈りの最後に、まるで、何かに憑りつかれたかのように、大きな、大きな、大きな声で、
「星よ~~~ッッッ!!! 降れ~~~ッッッ!!!」
と、大絶叫した。
するとッッッ!!!
あろうことか、あんなに静かだった星空に、
キラッ!
と、一瞬、煌めいた星があったのだッ!
権十郎とおまいが、
「えっ?!」
「え、えっ?!」
と、目を疑うや否や、夜空ノムコウから、何かが飛んで来たのだったッ! 権十郎が、
「鳥かッ?! 飛行機かッ?! それとも……」
と、言い終わらぬ、そのときにッッッ!!!
ー ドカーーーンッッッ!!! ー
「まさかッ?!」
「キャーーーッッッ!!!」
二人の目の前に、正真正銘、星が降って来たのだッッッ!!!
あまりに突然の出来事に、二人は言葉を失った。
小高い丘の上で、あんなに見晴らしのよかった二人の目の前に、突然、江戸スカイツリーぐらいの、巨大隕石が立ちはだかったのだッ!
真坂権十郎は、まるで、神通力でも持ち合わせているかのようなフリを、おまいの前で、ただ、やってみただけだった。
そして、「すまぬ! できん! 許せ!」と、ただ平謝りするつもりだったのだ。
ところが、そのタイミングが、たまたま……、ほんと~~~に、たまたま……、ほんと~~~に、人生の運を、全て使い果たしてしまったかのような、スーパーミラクルまさかのまぐれで、巨大隕石襲来のタイミングと重なったのだッ!
そして、そのスーパーミラクルまさかのまぐれは、巨大隕石襲来だけに止まらなかった。
恐らく、大気圏突入時に削られたのであろう隕石の表面には、ラッキーにも、かろうじて『ホシ~』と、『星』を意味する文字に見えなくもない削られ痕があったのだッ!
偶然の削られ痕とは思いつつ、権十郎は、「もしかしたら、宇宙人の彫刻家が、あらかじめ『ホシ~』と、彫っておいてくれたのかも知れない」、という可能性も排除せず、心の中で、秘かに、「宇宙人どの、ありがと~~~ッッッ♪♪♪」と、夜空ノムコウに感謝した!
『人生には三つの坂がある』らしい。『上り坂、下り坂、まさかッ!』。
その「まさかッ!」が、そう、「男の中の男!」的な、「まさかの中のまさかッ!」が、今、目の前で起こったのだッ!
おまいは、権十郎を全面的に信頼するようになった。一方、権十郎は、おまいから、「もう一度、星を降らせてくれ!」と、頼まれても困るので、「某が持ちうる神通力は、この一度限りで、全て、使い果たし申した!」と、念を押して、押して、押しまくった!
「ほんまに、もう~、無理やでッ!」
最後に、もう一発、なぜだか、権十郎は、上方(=関西)の言葉で、念押しを締めくくった。
その後、権十郎は、「運の有効期限が切れてしまわぬうちに、おまいの気持ちが変わらぬうちに、さっさと祝言(=結婚)を挙げてしまおう」と、準備を急いだ。
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