エピローグ

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エピローグ

 ホムンクルスたちを連れて私がやってきたのは、ブルティガール王国の最南端、年中温かい気候である港町だった。  移り住むこと早くも三か月が経とうとしている。私とルカは死体が見つからなかったこともあり、行方不明扱いとなった。  その間に、アドラ大臣を始めドーグたち貴族が数名、国家反逆罪として捕まったのだと新聞で知った。  捕まえたのがフィンや特別クラスの面々だというから驚きた。ホムンクルスの研究に関わった貴族をまとめて逮捕する。あの約束を果たしてくれた彼らを誇らしく思う。  私はというと、丘の上にある孤児院でお世話になっている。溢れんばかりの日差しが降り注ぎ、心地いい風がそよぐ、子供たちが住むには申し分ない場所だ。  前職が教師だと言ったら、孤児院で塾教師をさせてもらえることになった。ルカにも手伝ってもらいながら、忙しい日々を送っている。  でも、毎日必ず一回は思い出すことがある。それは特別クラスの生徒たちのことだ。 「お母様、寂しい……?」  休憩時間に丘の上から海を眺めていると、隣にルカがやってきた。 「……ここの生徒たちは手がかからないから、ちょっと物足りなさはあるわね」  多くの人に触れ、いろんな考え方があると知り、ホムンクルスたちの感情は目に見えて育っていった。  あの子たちがよく笑い、怒り、泣く姿を見られたからこそ、リッカ・ヴェルツキンの人生を捨ててまでここへ来てよかったと思える。  後悔はしていないけれど、心残りはある。やっぱり、卒業式まであの子たちの担任を続けたかった、と。 「孤児院の子たちも、結構お転婆だと思うけど……」 「あの程度じゃ、お転婆なうちに入らないわよ。喧嘩っ早い軍師の息子に、女ったらしの王宮医師見習い、腹黒末っ子王子、引きこもり騎士公爵、無気力裸王子……。最初、受け持つと決まったときは眩暈がしたわ」  誰ひとりとして教室に来ないし、登校させるのも一苦労だったわね。 「でも、みんなのことを話してるお母様……優しい顔をしてる」 「問題児ほど可愛いものなのよ」 「……みんなに会いたい?」  その問いかけに、一瞬息を詰まらせてしまった。そんなの当たり前だ。  でも、寂しい気持ちを認めたくなかった。認めてしまったら、あの子たちのところへ帰りたくなってしまいそうで……。 「お母様……」  なぜかルカが私の顔を見て、眉を下げた。風が吹くと、やたら頬がひんやりとするのに気づく。  まさか、と驚き瞬きをすれば、目からポロッと涙がこぼれた。そんな私に、ルカはなぜか微笑む。 「大丈夫……会いたいのは、お母様だけじゃない」  そう言って、視線を私の背後にやるルカ。不思議に思って振り向けば、ぶわっと風が吹いた。とっさに目を瞑り、髪を手で押さえながら、ゆっくり瞼を開くと──。 「あんたを手放す気はないって、言っただろ」  少し先で、見覚えのある男たちが横並びに立っている。自分の目に映った光景が信じられなくて、言葉を紡げずにいると、愛くるしい顔で生意気にもふんっと鼻を鳴らす少年。 「迎えに来てきてあげたっていうのに、『ありがとう』『うれしい』のひと言もないわけ?」 「エリアル……」  名前を呼ぶので精一杯だったのは、込み上げてくる喜びが喉でつかえてしまったから。 「つか、地図置いてから行方不明になれよ! あちこち探し回る羽目になったじゃねえかよ!」 「レオ……それじゃあ、行方不明じゃなくて、ただの遠出に……なっちゃうじゃない」  私は相変わらず無茶苦茶で理不尽だな、と笑う。 「まさか、こんなに遠くに来てるとは思わなかったよなー。ほんと、ひとりでなんでもしょい込んじゃってさ、水臭いったらないって」 「私をあれだけ鬼畜呼ばわりしてたのに、いつの間にそんなに好きになってくれていたのかしら……シアン」 「えっと、それ今蒸し返す!? 今、感動の再会でしょ!?」  ここぞというときに決まらない男、シアン。どんなときでもぶれないその姿に、吹き出してしまう。 「先生がいなくなった理由は、みんな察しています。だから、ここへ来たんです。私たちも一緒にホムンクルスの方々を守りますから、学院に戻ってきてください」 「ライリー……外の世界が怖くてたまらなかったはずのあなたが、ここまで来てくれただけで、胸がいっぱいだわ。だけど……私は行けないわ」  ホムンクルスの子たちを守ってくれると言ってくれたのは嬉しいけれど……。 「どこで情報がもれて、あの子たちが利用されるかわからないの。政治に利用されないように、できるだけ王都から、貴族や王室の人間から離して育てるのがいちばん安全だわ」 「そうやって、ずっと隠れて育てていくのか」  フィンの諭すような、静かな声音がすっと耳に届く。 「危険だろうと、経験することで人は成長する。そう、あんたが教えてくれたんだろ。ホムンクルスたちも、そうなんじゃないのか?」  そういえば私、ルカのことも、特別クラスの生徒たちのことも、そうして教育してきたんだっけ。 「お母様、ここにいるホムンクルスたちの心は十分育ったと思う」 「ルカ……」 「これからは望まない命令に従ったりはしないと思う。だから、もういいんじゃなかな。旅をさせても」  旅をさせる……。つらいことも、傷つくことも、成長の糧のひとつだって、みんなが私に教えてくれているのね。 「──リッカ」  ふいにフィンに名前を呼ばれ、私は弾かれるように顔を上げる。  すると、フィンに続くように、みんなが私に向かって手を差し伸べて──声を揃える。 「「「「「帰ろう、先生」」」」」  鼻の奥がつんとして、息を詰まらせる私の背をルカが優しく押す。私はまた込み上げてくる涙を拭うと、しっかり足を前に踏み出した。 「これからも、本当に不本意ですが──」  私は口角を上げ、生徒たちのもとへ向かう。 「どうしようもなく手がかかって、可愛くて仕方ないあなたたちを……叩きな直して差し上げる!」  満面の笑みで、伸ばされた彼らの手を取った。  この手が自分を必要としてくれる限り、彼らの未来とともに歩むために、私は教鞭を取り続ける。この、異世界で──。 (END) PS.season1が終わりました。 現在プロット制作しているため、 再連載まで、お時間ください! ネタが詰まりましたら、 season2を再連載する予定。 なので、一旦season1完結! 続編お待ちください……!(作者より)
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