ついに学院追放!?(1)

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ついに学院追放!?(1)

 天文台の一件から、早いもので数日が経った。お父様はルカが突然、十四歳になって帰ってきたことに魂が抜けそうになっていたが、変わらず期待の跡継ぎとして可愛がっている。もちろん、私も……。 「ん……んん?」  大きくなろうと、ルカを抱きしめて眠るのだけはやめられない。 朝日を瞼越しに感じながら、感触を確かめるようにルカの身体を引き寄せようとした。 ……のだが、柔らかさがない。むしろ……硬い?  私は「んんん?」と違和感を感じながら目を開ける。すると、逆にルカが私を胸に閉じ込めるようにして眠っていた。    ……なんというか、慣れないわね。表情に幼さは抜けていないけれど、体格的にこう大人びてしまったことに少し寂しさを覚える。 「もっとゆっくり、大人になっていってほしいのにな……」  その頭を抱えるように胸に引き寄せる。 「こうして身体まで大きくなっちゃうと、あなたがますます甘えられなくなってしまいそうで、お母様は心配よ」  私の声で起こしてしまったのか、ルカは「ん……」と眉を寄せ、まつ毛を震わせる。やがて、その瞼がゆっくり持ち上がると……。 「お母、様……」  声も少し低くなったかしら?  「はい、お母様ですよ」  にっこり笑いかけて、いつものように頬ずりする。 「……なっ」  ルカは目を見開き、勢いよく起き上がると、そのまま体勢を崩してベッドの下に転がり落ちた。  これは、予想していなかった反応だ。 「そ、そんなに驚かせたかしら?」  ベッドの端に近づき、ルカを見下ろす。ルカは顔を真っ赤にして、壁際まで後ずさった。 「だ、大丈夫? 頭は打っていない?」 「そっちは……大丈、夫」 「そっち?」 「う、ううん。なんでもない」  ぶんぶんと首を横に振るルカに首を傾げていると、 「全面的にあんたが悪いぞ」  いつの間に入ってきたのか、戸口に呆れ顔のフィンが立っていた。その手には紅茶の乗ったトレイがある。 「私がなにしたっていうのよ」 「年頃の息子が母親とはいえ女と添い寝なんて、心理的に複雑だろ」  フィンは座り込んでいるルカの頭をわしゃわしゃと撫でると、ベッドまでやってきて、「ほら」と私に紅茶を手渡す。 「ありがとう。で、さっきの話に戻るけど、どうしてルカは私の息子なのに複雑なのよ?」 「あんた、忘れてないか?」  フィンはドカッとベッドに座る。 「ルカの知能も、ルチアの照射で一緒に成長してるんだぞ。それに、あんたは生みの親じゃない。意識しないほうがおかしい」 「わかるような、わからないような……というか、わかりたくない?」 「なんだよ、それは……」 「だって、ルカを抱きしめて眠れないとか、なにそれ拷問!?」  私の唯一の癒しの時間だったのに! それもこれも、イグニスのせいよ。 「イグニス豚……許すまじ」 「なら、僕がついでに魂をもらっていってあげるパウ」  ベッドの足元にいたパウパウが、ゆらりと尻尾を揺らす。 「あなた、目的は果たしたんでしょう? いつまでうちにいるつもり?」  記憶の忘却魔法を解いたのだから、あとは好きにすればいいのに、パウパウは律儀にうちに居座っているのだ。 「ここでの生活は気に入ってるんだパウ。これからも、僕の暇つぶしに付き合うパウね」 「狭間の魔物にイグニス豚……可愛くないペットばかり増えてくわ」  いっそ、珍獣集めてサーカスでも開こうかしら。 「パウパウは別として、あのイグニス豚、なにも自分の邸で飼うことなかったんじゃないか? ルカだって、会いたくないだろ」  フィンの言う通り、イグニス豚はわざわざうちの邸に小屋を建てて飼ってあげている。 「私だって、同じ敷地内にあいつがいると思うと、毎夜殺意がわいて寝付けないわよ。けど、見張るなら目の届く場所に置いておかないと」  ルカと眠っているのも、いつイグニスが魔法を解いてルカに手を出すかわかったもんじゃないからだ。 「何度、いっそ闇魔法でドロドロに溶かしてしまおうかって思ったかわからないわ」 「……そうか、そのときは……まあ、ひと思いに殺ってやれよ」 「それが慈悲ってものよね」  朝から不穏な会話を繰り広げていると、私たちをルカがじーっと見ているのに気づく。 「どうかしたの? ルカ」 「……お母様、フィンといるときは……少し、子供……みたい。どこがって、うまく言えないけど……前から、少し、感じてた……」 「それは……」  フィンに子供扱いされてるな、と感じることはこれまでにもあったが、そもそも私が子供みたいな振る舞いをしていたということだろうか?  いちばん私たちの身近にいたルカからそう見えるのだとしたら、間違いではないのだろうけれど……。 「釈然としないって感じね」 「あんたはときどき、感情的に突っ込んでくからな。主にルカが引き金で」 「それに関しては、愛してるから改善の余地がないわね」  私はカップを置くと、ルカを目細めながら見つめる。 「いくつになっても、どこにいても、愛してるんだもの」  ルカは顔をくしゃっとして、泣きそうな顔になる。ほら、何歳になってもルカは子供だ。 「ルカ、溺愛が鬱陶しくなったら言えよ?」 「しみじみ、って感じね。どっかの女王の顔がちらつくわ」 「実体験だからな。まず、添い寝はほどほどにしてやれよ」 「それは無理!」  即答する私の声が、穏やかな朝の寝室に響いた。  ダイニングで朝食を摂りながら、私はお父様と給仕をしているゴルゴンに目をやる。 その腕や足には、今も痛々しく巻かれたままの包帯。怪我は痛むか、なんて聞いたらルカが気にするわよね。  気にしつつも尋ねられずにいると、ゴルゴンがそばにやってきて、なにやら耳打ちしてくる。 「ロジャー様も私も、順調に回復しておりますよ」 「ゴルゴン……あなたは優秀な執事ね」 「ありがたき、お言葉」  機敏にお辞儀をして、すっと下がるゴルゴン。お父様は私たちが邸に戻ってすぐに施療院を退院した。意識が戻るのに時間は要したものの、打撲程度で済んだお父様は、なかなかしぶとい。 「リッカ、これから学院に行くんだろう」  当然のことをわざわざ聞いてくるお父様に、私は食事の手を止めた。 「ええ、行くわよ。ダートルに行ったり、エリアルが家出したり、ルカのこともあったから、そろそろ休み過ぎてクビ切られそうだもの」  ルカの一件で負傷した特別クラスのみんなには大事をとって休みをとってもらっていたので、今日が久しぶりの登校日になるのだ。 「……なら、少し肩身が狭くなると思っておけ」 「なんでまた」 「ここ数日、学院に通う平民出身の生徒の間でマジックドラッグが流っていると報告を受けてな。平民は素行が悪いからと、学院を貴族専門学院にする法案が持ち上がっている」  マジックドラッグ……ダートルでも流行ってた麻薬のことね。 「ミレニア魔法学院は王族、貴族、平民の誰でも身分関係なく通えるのが売りじゃなかったかしら」 「その通りだ。ただな、治安維持に関わる魔法防衛大臣からも今の学院の在り方について追求されている。それに加え、マジックドラッグを持ち込んだのは、学院に職場体験に来る予定だった生徒だと判明したらしい」 「なんですって?」  体験型の魔法教育の法案が上がったのも、私がフィンたちをダートルに行かせたからだ。私の失態は当然、お父様にも影響する。お父様は議会において、厳しい立場に立たされているはずだ。 「二日前、問題の生徒から本格的に職場体験に入る前に、学院を見学したいと申し出があってな。私はこの通り怪我で動けない。代わりの者に案内を頼んだのだが、その判断がまずかった」 「お父様のせいじゃないわ。直接的に関与していなくても、私の行動の結果、マジックドラッグが持ち込まれたのなら、私に責があるもの」  これから、マジックドラッグの被害に遭った生徒やダートルに行った特別クラスのメンバーへの批判が起こるだろう。面倒なことになったわね。 「法案……僕のせいで、ごめん。おじい様にも、お母様にも迷惑かけて……」  肩を落とすルカに、私とお父様の声がかぶる。 「あなたのせいじゃないわ」 「お前のせいじゃない」  リスクばかり気にしていたら、規則は変えられない。マジックドラッグの被害にあった生徒たちのことは心配だが、次の犠牲者を出さないための策を考えることが大事だろう。法案自体は必要なものなのだから。 「そうだ、法案を通したのは俺だしな。ルカのせいじゃない。むしろ、その法案で未来が開ける人間がいることも忘れるなよ?」  給仕として壁際に立っていたフィンが、ルカに笑みを向けながら、はっきりと強く言い切る。 「……うん、わかった」  コクリと頷くルカ。フィンのおかげで、その強張っていた顔には安堵の色が浮かんでいた。 「とにかく、リッカ。風当たりが強くなるのは、覚悟しておくことだ」 「平気よ。矢面に立つのには慣れてるわ」  悪役令嬢なんてやっている時点で批判、非難にさらされるのは日常茶飯事なのだ。  今に始まったことじゃない。私がすべきは、その矛先が生徒たちに向かないようにすることだけだ。  法案を考えたひとりでもあるルカは、やっかみを受けないとも限らないので邸に残していくことになった。 邸にはイグニス豚もいるので、ゴルゴンとおまけで、モナがそばについている。ボディーガードにするなら最強の人材だ。  パウパウは面白そうだからと、私についてこようとしたのだが、問題が山積みなのに、喋る猫についても説明を求められたら面倒なので、『動物同士、イグニス豚と遊んでなさい』と置いてきた。  かくかくしかじか、学校に行くと、想定はしていたが真っ先に学院長室に呼ばれた。 おまけに他教師もずらりと並んでいる。中にはレオを目の敵にしていた教師もおり、正々堂々私を責められるからか、ニヤニヤと気分よさげに事の成り行きを見学していた。 「俺は魔法防衛大臣を務める、アドラ・ヘルムだ。今日、呼ばれた理由はわかっているな?」  ブランテ学院長のいる執務机の横に立っていた、熊のように大柄で男屈強な男が私を射竦める。 「……ええ、先日学院に見学に来たダートルの人間が、マジックドラッグを持ち込んだかもしれない件について、でしょう?」 「理解しているなら話は早い。被害者の数はおよそ八十名、これは由々しき事態だ。平民の素行の悪さは、育ちのいい貴族出身の生徒たちに悪影響を及ぼしかねない」  その発言に、ブランテ学院長が「アドラ大臣」と語気を強めて呼ぶ。 「マジックドラックだと知らずに服用した生徒もいます。望んで摂取したわけではありませんから、平民だからと学びの窓を開かないのは偏見になりますわ」 「だが、そそのかされたのだとしても現にマジックドラックに手を出したのは平民出身の生徒だけだ。自分を律することができない生徒を育てたブランテ学院長、あなたにも責はあると思うが?」 「だからといって、学院を貴族専門魔法学院にするのは、性急すぎでは? 誰だって間違いは犯します。挽回する機会を与えるのも、教育者の仕事と私は考えております」  大臣相手にも凛然と意見するブランテ学院長は、秘書の鞭をこよなく愛するどうしようもないドMだけれど、教育者としては立派だ。  ただ、これ以上はブランテ学院長にもいらぬ嫌疑がかけられてしまいそうなので、私は一歩前に出る。 「それで? 私を呼んだのは、その責任を取らせるためかしら」 「当然だ。だが、責任を負うのはお前だけでなく、特別クラスの生徒もだ」 「……一応、理由を聞くわ」  特別クラスの生徒は国の要人。そんな彼らに責任を追えだのと、恐れ多くもよく言えたものだ。  この騒ぎを利用して、フィンや女王を陥れる気だとしたら、今回の件は格好の叩きネタになる。  もしかしてだけど、このマジックドラックの件は女王と敵対する政治派閥の人間が目論んだ……とも考えられなくもないわね。 「次期国王となられる方が、国の要を担う者たちが、こたびの問題の引き金となった。今のうちから、その責任の重さを身をもって知るのも、教育の一環でだ」  それが本当に教育のためだと確信できたなら、こんなに警戒したりはしない。 「平民の間にだけマジックドラックが広まったのは、問題の職場体験生があえて平民を狙ってマジックドラックを勧めたからじゃないのか?」  黙って話を聞いていたフィンが情報の不確かな部分を指摘すると、アドラ大臣の頬がぴくりと動いた。 「その根拠はあるのでしょうか」 「そっちこそ、平民の生徒だけが狙われていなかったと断言できる根拠はあるのか?」 「……だが、王子の法案でダートルにマジックドラックが持ち込まれたのは確かだ」  問題点をさりげなくすり替えたアドラ大臣。つまりは平民の生徒が狙われた可能性は、否定できないということだ。 「フィンの法案は、ダートルの立て直しに必要不可欠な法案だわ。そう思ったから、あなた方大臣も可決したのでしょう?」  私はフィンの前に出て、さりげなく腕で後ろに下がらせる。ここでフィンの非を認めさせては、女王の立場が悪くなる。それをフィンも瞬時に理解したのか、おとなしく従った。 「それに特別クラスの者たちは学院の生徒。生徒の起こしたそのすべての問題は、教師の監督不行き届き。その責任が教師に向くことはあっても、生徒に向くのは学院の在り方として、それこそ問題があると思うわ」  ちらりとブランテ学院長に視線をやると、はっとした様子で、アドラ大臣に気づかれないように頷く。 「そうですね。生徒である間は、王子であろうと、貴族であろうと、平民であろうと、教師の庇護下に置かれています。つまりは、こたびの責任は引率していたリッカ先生にあると考えるのが妥当でしょう」 「じゃあ、辞めるしかないわね」  そのほうが、自由に今回のことを調べられる。学院に在籍したままでは、ここにいる他教師たちに逐一行動を監視されかねない。 「辞める程度で、責任を取れると思っているのか?」 「では、アドラ大臣は私にどう責任を取れと? まさか、この命をご所望で?」  胸に手を当てて、わざとらしく驚いて見せる。 「生徒をそそのかしてダートルに行かせ、父の仕事であったダートル立て直しに無理やり従事させた。でもそれは、いずれ国を背負う生徒たちの成長を願ってのこと。その国を思う心が、死罪に値するとは……悲しいことですわ」 「……白々しい」  アドラ大臣はふてぶてしく言い捨て、引き下がる。私の辞職で今回は観念してくれるようだ。 「じゃあ、話はこれで終わりね? 帰らせていただくわ」 「シェリー、お送りして」  そう言ったブランテ学院長と一瞬視線が交わる。私の意図を汲んでくれているのがわかり、私はフィンとともに学院長室を出た。 「辞めるって、本気かよ?」  隣を歩くフィンが妙に深刻そうな目をこっちに向けてくる。心配しているフィンの頬を、私は軽く手の甲でぺしぺし叩いた。 「乱暴で、イカレたお仕置き魔法ばっかり使う横暴教師がいなくなって、せいせいするんじゃない?」 「……どうだかな。なんだかんだ、あいつらもあんたとやり合うのを楽しんでるだろ」 「意外だわ、そんなに懐かれてたなんて」 「俺たちを動物みたいに言うなよ」 「私からしたら、大差ないのよ」  この状況でも軽いやりとりを繰り広げているせいか、まったくもって不安もわかない。  もしかしたら、もう二度とこの学院に戻ってこれないかもしれない。 それでも、私が教師であることは変わらないし、まだまだ問題児ではあるが、特別クラスの生徒たちはもう授業をサボったり、未来に希望が持てずに無気力になることもないだろう。  ルカや私を助けてくれたように、困っている人間のためになら、ちゃんと行動を起こせる人達だ。  そんなことを考えながら、学院の外に出た。そこで私は、シェリーに向き直る。 「じゃあ、そっちの要件を話してもいいわよ」  ブランテ学院長がシェリーを私の見送りに行かせたのには、なにか理由があるはず。一瞬交わした視線がそう訴えていた。  学院には誰の目があるか、わかったもんじゃない。だからシェリーも、ここまで黙ってついてきたんだろう。 「退職書類のお渡しと、そのご説明をさせていただきたく」  シェリーはポーカーフェイスを崩さず、私に書類の束を渡す。表には文字通りの退職届が、でも二枚目からはとある生徒の情報が記載されていた。  マジックドラッグを持ち込んだダートル出身の職場体験生。名前をエマ・ダートリー、男の子なのね。ご丁寧に身柄を送られた刑務所の地図まで書いてある。 「さすが、仕事が早いわね」 「秘書ですから」  メガネの縁を手で直したシェリーに、「早めに提出するわ」と笑って、今度はフィンに視線をやる。 「じゃ、羽目を外すのはほどほどに。でないと、またあの強面大臣にやっかみを吹っかけられるわよ」 「あいつらに、なにも言わずに行くのか」  あいつらというのは、特別クラスのみんなのことだろう。 「嫌よ。だって、絶対にうるさくなるじゃない」  私はくるりと背を向け、門に向かって歩き出す。 「……俺もあいつらも、あんたを手放す気はないってことを忘れるなよ」  背中にかけられた言葉に、思わず足を止めそうになった。 「なにそれ、私ってかなりモテモテじゃない……」  初めはあんなに反抗的だったのに、私を信じて、心の内側に置いてくれている。  ──教師でよかった。  異世界に来て、またそう思える日が来たことに、私の胸は充足感で満たされていくのだった。
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