ついに学院追放!?(2)

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ついに学院追放!?(2)

*** 「え……? 刑務所に送られてる途中に殺された?」  ダートル出身の職場体験生である、エマ・ダートリーが送られた刑務所を訪れたのだが、無駄足だったようだ。 「刑務所に送られている途中、馬車が襲われたそうで……。送迎していた自警団の人間も遺体で発見されています」  教えてくれたのは、自警団の男性。シェリーが手配してくれていたおかげで、すんなり話を聞くことができた。 「それで、犯人はわかったの?」 「いいえ、犯人は未だ逃亡中です。夜盗の仕業と見て、調査しています」 「わかったわ。つまり、なにもわかっていないわけね」  肯定はしなかったものの、『そうだ』と言わんばかりの苦い顔を見れば、答えを聞くまでもない。  エマ・ダートリーはシェリーの調べによると、ダートルの孤児のはず。その孤児を夜盗が狙う意味も、ましてや自分が捕まるリスクを冒してまで自警団の馬車を襲う意味もわからない。  口封じ……かもしれないわね。  マジックドラック騒ぎを利用して、フィンや女王を陥れたい人間がいる。その者がエマ・ダートリーから情報が漏れるのを恐れて、殺した。犯人は女王と敵対する政治派閥の人間……? 「他に、なにかわかったことはないの?」 「他に……ですか。そういえば、その容疑者のエマ・ダートリーは捕まった際、妙なことを言っていたそうで……。自警団の人間に名乗るように言われたとき、自分を被検体120だとこぼしたそうです」 「なっ……んですって……」  被検体120。まるで、実験動物につけるような名称。つい最近、耳にした不愉快極まりない単語だ。 「これは……あの豚野郎を問い詰める必要がありそうね」 *** 「喋れるようにしてやったわ、さあ、さっさと吐きなさいイグニス豚」  包丁を手にした私は、キッチンの調理台の上に縛って寝かせたイグニス豚を見下ろす。   「こ、これは……話をしようって環境じゃありませんね」 「なにを勘違いしているのかしら、イグニス豚。私は話をしに来たんじゃないの。これは〝尋問〟よ」  包丁の刃先が下になるように持ち替えて、ふふふっと微笑むと、イグニス豚はぷるぷると震えだした。 「ねえ、あなたの生み出したホムンクルスの中に、被検体120……という子はいた?」 「いや、私が関わったのは118までですので、知らな……」  ──ガンッと私はイグニス豚の顔の横に包丁を突き立てる。イグニスは「ブヒーッ」と、もう人の言葉を話せるというのに、涙目で豚のように鳴いていた。 「ほ、本当です! あの研究は私だけのものではありませんからっ、誰か別の人間が研究を引き継いだんでしょう!」 「誰かって、誰よ」  私はガンッと、キッチンに片足を載せ、包丁の側面でイグニス豚の頬をペシペシ叩く。 「それ! それをどけてください! 説明に集中できません!」 「……ゴルゴン」  私が手を出すと、ゴルゴンが「はっ」と返事をして、斧を持たせてくれる。 「いい斧ねえ。まるで、首を落とせと言わんばかりの輝き」  指で斧の刃をなぞると、イグニス豚はガチガチガチと歯を鳴らした。 「選びなさい、イグニス豚。つべこべ言わず質問に誠心誠意答えるか……豚として生涯を終えるのか」 「誠心誠意、答えさせていただきマス! 私に命令していたのは、ドーグ・ラッシャー様デス!」 「ドーグですって!? ……ここで、その名前を聞くことになるなんて……」  一歩間違えば、私の婚約者になる可能性があった人物だ。 貴族ではあるが、酒癖が悪く、ずんぐり体形で四十にもなるのにロリコン。奴隷市場で見目美しい少年少女を買い、邸に住まわせては人様には言えないようなことをさせているともっぱらの噂。  お父様が私に学院の教師をやらせるため、断ればドーグと結婚させるなどと、脅しの材料に使われるほどのクズ……。 「なんでドーグがホムンクルスを……まさか、自分好みのホムンクルスを作って、いかがわしいことを? クソ下種野郎じゃない!」 「……私には、利用目的まではわかりませんよ……。資金さえ出していただければ、興味もありませんし。ただ、ドーグ様の他にも、各々の目的でホムンクルスを求めている貴族はいると思いますが……」 「うーん……わかったわ」  私は斧を肩で支え、イグニス豚の首輪から伸びている鎖をグイッと引っ張る。 「じゃあ豚」 「はい、豚です。もう名前すら呼んでくれないのですね……」 「私は豚をお供にラッシャー邸に行くわ」  イグニス豚がぴたりと動きを止める。 「……今、なんと」 「だから、〝豚〟のあなたを連れて、ラッシャー邸に行くって言ってるのよ」 「──なぜ!?」 「質問が多いわよ」  私はヒールでイグニス豚の頬をぐりぐりする。 「あたたたたっ、わかりましたっ、よくわからないですが、わかりました!」 「そういうわけでゴルゴン、お父様に一筆書いてもらうように、お願いしていいかしら。【縁談を申し込みたい】ってね」  ウインクをすれば、「承知いたしました」とお辞儀をするゴルゴン。それとは反対に、イグニス豚は正気か?という顔をしていた。 ***  急な連絡にも関わらず、ドーグは私たちの来訪をすぐ受け入れてくれた。いくらロリコンだろうと、貴族において縁談は仕事のひとつのようなもの。私との縁談はやぶさかではないのだろう。 「これは……どういうことなのか、説明を求めても?」  ドーグ邸に向かう馬車の中で、イグニス豚は自分の姿を見下ろし、青い顔をする。イグニス豚をさらなる変身魔法で十歳の少女の姿に変えたことに、異議があるらしい。 「イグニス豚……改め、イグ子。あなたは今、さいっこーにドーグ好みの少女と化しているわ」 「まさか、私を連れてきたのは……」 「もし万が一、私にドーグが興味を持ったら困るじゃない? だから囮……保険が必要でしょ?」 「囮、今囮っていいましたね!?」  うるさいイグ子を無視して、私は止めたのについていくと聞かなかったルカを振り返る。 「ルカ、今からでも邸に帰る気はない?」 「僕は……お母様のそばを離れない。そばにいれば、守れるから」 「ルカ……。でも、あなたは可愛いから、あのロリコン親父に手を出されたりでもしたら……うっかり殺害してしまうかも……」  まずいわよね、縁談申し込んでおいて殺しちゃうとか。 「心配するところがおかしいですよ……」  イグ子の戯言をまたもやスルーして、私たちは馬車を下りる。 主の趣味なのか、十代くらいの若い使用人の案内で、私たちはドーグ邸の中に入った。 すると、さっそく高価な宝石と上質なベルベッドのコートやベスト、キュロットといった身なりだけは立派な、残念ずんぐり体形のロリコン親父が出迎えた。 「初めまして、ドーグ様」  私は妖艶に微笑み、軽くドレスをつまんでお辞儀をする。 「おお、おおっ、噂に違わぬ美しさですな。あなたから縁談を申し入れてくれるとは、とても光栄なことです」  そう言いながら近づいてきたドーグは、ちらりとイグ子とルカに目線を移し、舌なめずりをした。それにイグ子は「ひいっ」と小さく悲鳴をあげ、ルカはぶるりと背筋を震わせる。  ──ルカに汚い視線を向けるんじゃないわよ、殺すわよ?  笑みを張りつけたまま、殺意をふつふつと胸の中で燃やしていた。 「どうですかな、庭を散歩でも」 「喜んで」  私はドーグの横に並ぶ。すると視界の端で、蝶になったモナが邸の詮索のために飛んでいくのが見えた。彼女にはドーグがホムンクルスの研究に関与しているかどうかの証拠を集めてもらう。 「そちらのおふたりは、リッカ様の……親戚の方、でしょうか?」 「……ええ、でもわけあって、私が預かっているのですわ」  興味があるのは、ルカとイグ子のことなんでしょうね。  ──やっぱり、殺っとこうかしら。  庭園を歩きながら、いよいよ殺意を隠しきれなくなってきた頃。ひらりと目の前を横切るアーモンド色の蝶。 「おや、珍しい色の蝶ですな。綺麗なものはいい、見ているだけで気持ちがいいですからな」 「ええ、本当に……」  ほくそ笑んだ私は、足を止める。 「ドーグ様、お手洗いをお借りしても?」 「構いませんよ。案内して差し上げてくれ」  ドーグの呼びかけに、最後尾に控えていた見目麗しい使用人が頭を垂れた。 「ではイグ子、私がいない間、ドーグ様のお相手を頼むわね」 「えっ」 「ゴルゴン、くれぐれも粗相のないように。それから、ルカだけは……頼むわね」  イグ子の見張りと必ずルカだけは守るように目線を送ると、ゴルゴンは「お任せください!」と胸に手を当てた。執事ではなく、まるで軍人だ。  心配そうに私を見るルカに、〝大丈夫よ〟と笑いかけ、お手洗いに行く。 そしてお手洗いの外から使用人が立ち去ったのを見計らい、モナの案内で、ある一室の前に立った。 『この中、見て驚愕しますよ』 「モナ、その前振り、ものすっごく嫌だわ」  ごくりと唾を呑み、私は扉を開ける。中で待っていたものは──。 「……ああ、最悪ね」  鎖に繋がれた、十歳前後の少年少女たち。ざっと数十人はいる彼らに近づけば、その首には【130】【131】【132】と番号がついている。  私はその中のひとり、少年の前に腰を落とした。 「あなたたち、どうしてここに集められているのかしら?」 「……ドーグ様の相手を……するため……です」  感情が見えにくい瞳、少ない言葉数……なんだか、出会ったばかりの頃のルカを思い出すわ。 「あの番号札、感情が育ってないこの感じ……間違いなくホムンクルス、なんでしょうね。モナ、彼らを逃がしましょう」  モナのほうを向いた、次の瞬間──ガツンッと後頭部を殴られる。急速に遠のいていく意識の中、私は花瓶を手に立っているホムンクルスの少年を見た。  油断したわ……もしここに、自分たちを逃がそうとする人間が現れたときは、攻撃するように躾られていたのね。  などと、今さら考えても時すでに遅く……。ドサッと、私はその場に倒れた。 ***  リッカを見送ったあと、俺は特別クラスに戻ってみんなに事情を説明した。それからしばらく経たないうちに、窓からアーモンド色の蝶が入ってきて……。 「どうかっ、助けてください!」  蝶がムッキムキの筋肉と、男顔負けの広い肩幅や高身長を持つ大柄な……女へと姿を変え、教卓の上にシュタッと降り立った。そして、両腕の筋肉を強調するようにポージングする。  それを指さしながら、レオが青い顔で後ずさった。 「お、おお、お……お前は、変態筋肉女じゃねえか! どこからわいて出やがった!」 「レオ様、今日も美しい踏まれがいのある背筋をしていらっしゃいますね。ですが、今や私の一番はゴルゴン様の張り裂けんばかりの胸筋なのです。ごめんなさいっ、レオ様……」 「なんで俺が振られたみてえになってんだよ!」  雄叫びを上げるレオと、助けを求めてきたわりに率先して話を脱線させてくるモナのせいで、まったくもって進まない。 「ねえ、僕たち先生のことでいろいろ忙しいんだけど。レオの身体が目的なら、他所でやってよね」 「おおおいっ! てめえ、俺を売ったな!?」  拳を振り上げるレオを「早まるな!」とシアンが後ろから羽交い絞めにする。 「……それで、モナさんはどうしてここへ?」  ライリーは致命的な引きこもり具合と、致命的な先端恐怖症を除けば、極めて頼りになる男だ。常識があるという意味で。 「そうでした! 実はリッカ様がドーグ様に縁談を申し込みまして、今、ドーグ様の邸にいらっしゃるのですが……」 「え、センセーが婚約!? しかも相手があのドーグ様って……」  青ざめているのはシアンだけではない。幼い少年や少女をこよなく愛するドーグの性癖は、社交界では有名なのだ。  教師を辞めると言い出したと思ったら、あのドーグと婚約……。 「破天荒すぎるだろ……」  なに考えてるんだ、あいつは……目を離したすきに、とんでもないことをやらかす天才だな。本当に無茶をする。  あいつにだって弱点はあるし、怖いものだってある。あの一見、傲慢そうに映る振る舞いは、女の身で男ばかりの生徒と対峙したり、息子を守るための演技──あいつなりの武装なんだろう。  こんなにリッカと離れるのは久々だ。これまで邸でも学院でも一緒だったからか、余計に目の届かないところでリッカが危険に首を突っ込んでいないかが気掛かりだった。 「ダメでしょ、ドーグ様だけはダメでしょ!」 「うるさいんだけど、シアン! 先生は三十路間近で子持ちだし、ドーグの趣味には当てはまらないでしょ」  だから心配ないとエリアルは言うが、モナは「それが……」と不穏な返しをする。 そしてモナが語ったのは、リッカがドーグと婚約しようとバカなことを考えるまでに至った経緯だった。  ドーグが邸でホムンクルスを監禁か……。あのイグニス豚の言っていた通り、ドーグ・ラッシャーだけじゃなく、各々の目的でホムンクルスを求めている貴族がいるみたいだな。 「優秀な魔法使いを作るためのホムンクルス研究と、それを支援している貴族。マジックドラックを広めたのがホムンクルスだったなら、命令したのは貴族だろう。そして、そのホムンクルスを口封じに殺すとしたら、平民の素行の悪さを理由に持ち上がった、学院を貴族専門学院にする法案を可決させたい人間……いろいろ、繋がってきて怖いな」 「兄様の言う法案を可決させたい人間は、学院内を貴族で占めて、なにを始めようとしてるんだろうね」 「そこまでは俺にもわからない」  人様に言えないようなこと……たとえばホムンクルスの研究か、ホムンクルを使った新しい計画か……。 やましいことをしているのは、間違いないだろうな。 そして、その計画に学院が使われようとしているのは確実。 「と、とにかく先生を助けにいきませんか?」 「ライリーの言う通りだよ! 見てくれは美人だし、いくら少年、少女、幼女趣味のドーグだろうと、味見くらいはしちゃうかも!」  シアンの言い分もあながち否定できないので、俺は頷く。 「そうだな、助けに行こう。ただ、俺たちが勝手な行動をとって、なにか失態を犯せば、女王の立場を悪くすることもありえるからな。学院長には話を通しておこう」  話はまとまったかに思えたが、モナが「お待ちください」と割り込む。 「話はまだありまして、実はリッカ様は助けようとしたドーグ邸のホムンクルたちに襲われたのです。邸にいる使用人たち全員が戦闘能力の高いホムンクルだったようで、同行していたルカ様やゴルゴン様も隙を突かれて捕まってしまいまして……」 「それを早く言え! それで、みんな無事なのか?」  レオが怒鳴ると、モナは俯く。 「私は邸内を探るために蝶の姿をしておりましたので、誰にも気づかれずに脱出できましたが、リッカ様方はドーグ邸の地下室に連れていかれて……そのあとのことは、私にも……」  無意識のうちに拳を握り締める。ほら見ろ、危険に巻き込まれてる。 「ドーグ邸に、行くしかないな」  俺は頭を掻きながら、手のかかる女だなと、ため息をつく。 「ですが、ドーグ様は仮にも貴族。私たちが邸に乗り込んだりしたら、女王にご迷惑がかかりませんか?」 「ライリーの懸念はもっともだよねー。じゃあ、いっそ変装しちゃう? 変身魔法はあんまし得意じゃないから、古典的だけどさ」  シアンの思い付きに、全員が「……は?」となったが、他に妙案も浮かばなかったので……。とりあえず、その策に乗ってみることにした。
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