ついに学院追放!?(3)

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ついに学院追放!?(3)

***  はっと目を開けると、私は冷たい床に転がされていた。 辺りに視線を巡らせれば、広い空間にイグニス豚の天文台の実験室でも見た、大きな試験管──ホムンクルを作る装置のようなものがいくつもある。 「ここは……」 「地下室ですよ、リッカ様」  声が聞こえて、上半身を起こそうとすると、後頭部に鈍い痛みが走る。それどころか、額を伝って生暖かいなにかが伝った。それを指で拭えば、指先にぬるりとした赤い液体──血が付着する。  そこで、いろいろと状況を理解する。私は助けようと思ったホムンクルに花瓶で頭を殴られ、気絶し、囚われたと……。 「驚きましたよ、リッカ様から縁談を持ちかけてきたかと思えば、まさか私の邸を探るためだったとは……。婚約者にするならば、ヴェルツキン家の家柄は十分に魅力的だったのですが……残念ですよ」  ゆっくりと視線を上げれば、ドーグがイグ子の上に馬乗りになり、その服を剥ごうとしていた。イグ子が涙と鼻水を垂れ流しながら、私に目で訴える。 『助けて! やられる! もうお嫁にいけないっ』  ……いや、あなた男でしょうが。  私は流れる血もそのままに、深いため息をついた。 「……まず、イグ子を私の目の前でなんとかしちゃおうとしてる人に、とやかく言われたくないわね」  この調子だと、ゴルゴンとルカも捕まった? でも、ここにはいないようだけれど……。 「ねえ、私の執事と親戚はどうしたのかしら?」 「ああ、あのふたりは……」  ドーグがなにか言いかけたとき、コツコツと靴音がした。上に続く階段から誰かが下りてくる。 「あのふたりの身柄は、俺が預かっている」 「……あら、こんなところでまた会うなんて、驚きだわ」  現れたのは魔法防衛大臣であるアドラ・ヘルムだった。  これではっきりした。ホムンクルスの件に関わっているのは、イグニス豚の言い方からして天文学者が研究に必要な資金を補助できるドーグなどの貴族。 ただ、他にも資金補助をしている貴族がいるとしたら、その貴族たちにこの研究を持ち掛け、まとめる人間がいるだろう。それは貴族以上の権力者。そう、例えば──大臣とか。 「ホムンクルス研究の取締役は、あなたかしら」  マジックドラックを持ち込ませた犯人は、ホムンクルスだった。 命令に従順なホムンクルを育てれば、このドーグ邸にいるホムンクルスたちのように、なにも疑うことなくマジックドラックを撒くだろう。 意思は育っていなくても、彼らは頭がいい。平民だけをうまく狙って、マジックドラックを広めることなど容易い。そして、使い捨ての駒のように口封じに殺しても、そもそも身寄りがないから捜索する親もいないし、事件として扱われにくい。胸糞悪い話だ。 「マジックドラックを撒いたホムンクルスを口封じに殺すとしたら、平民の素行の悪さを理由に持ちあがった、学院を貴族専門学院にする法案を可決させたい人間よ。たとえば、あなたのような大臣とかね」  アドラ大臣は「ほう……」と口角をわずかに上げる。 「ねえ、ホムンクルスと学院を使って、なにを企んでいるの?」 「お前が大事なホムンクル研究の第一人者であるイグニス・トラーを攫ったと報告は受けていた。おまけに天文台の研究設備も根こそぎ破壊したらしいな。俺の計画につくづく邪魔な女だ」 「……質問の答えになってないわ」 「どのみち、ここでお前は消される。死に急ぐな」  高圧的な態度で目の前まで歩いてきたアドラ大臣を、私は反抗的な笑みを浮かべながら見上げた。 「いやね、私、黙って殺されるような女に見える?」 「そうせざる追えない状況を作る」  含んだ言い方でそう言うと、アドラ大臣は「連れてこい」と誰かに言い放った。すると、ふたりの使用人に拘束されたルカが階段を降りてくる。 「ルカ!」  ルカは私の存在に気づくと、 「お母様!」  ほっとしてか、泣きそうな顔で私に駆け寄ろうとした。だが、両脇を固める使用人たちに抑えられ、叶わない。  見た感じ怪我はないようね。ここにルカを連れてきて、どうするつもりなのかしら。それにゴルゴンはどこ? 状況が読めないわ。 「そこのホムンクルスを息子のように可愛がっているらしいな」 「ように、じゃなくて息子よ」 「なら、その大事な息子を守りたければ、じっとしていろ。逆らえば、そこのドーグに好きにさせたあと、手足を一本ずつもいで殺す」 「……殺意がわくわ、心底あなたに」  私の逆鱗であるルカを脅かすやつは、即刻血祭りよ。けど、どうしようかしら。この距離からじゃ、ルカをすぐに助けにはいけない。私が少しでも妙な動きをすれば、アドラ大臣の命でルカはそばにいる使用人に傷つけられる可能性がある。 「ふんっ、黙ったな」  考えを巡らせていると、アドラ大臣は私が抵抗を諦めたと勘違いしたらしい。私の肩をドンッと押し、馬乗りになってきた。 「ちょっと、ドーグと同じ思考なの? こんな色気がないところで、抱かれる趣味はないわ」 「すぐに捨てる女に、ムードなど必要ない。どうせなら、愉しみながら話をするのも、また一興だろう」  一興などと言っている本人が、まったくもって楽しそうではない。この男は、私の恐怖を煽るためだけに身体をも穢そうとしているのだろう。 「俺の目的は学院を拠点にした、ホムンクルスの軍事施設を作ること」  アドラ大臣は私のドレスの裾を捲り上げていく。太ももに触れる手が気色悪くて、思わず顔を歪めると、アドラ大臣の冷笑が濃くなる。 「あそこは優秀な魔法使いが集まる。その優秀な生徒からホムンクルスを作り、最強の兵士たちを育てる。ブルティガール王国を他国からの侵略にも負けない国にするために、必要なものだ」 「それを女王は望んでいるの?」 「女王は話し合いで何事も解決できると、そういう生温い考えをお持ちの方だ。理解していただくのは難しい。ゆえに秘密裏に進めてきたのだ」 「もしかして……フィンたちの立場を悪くしようとしたのは、王子たちが問題を起こした件を引き合いに出して、法案を通すため……かしら」  肩からドレスを落とされる。それに「お母様に手を出すな!」とルカが暴れるも、使用人たちに地面に押さえつけられた。 「ルカ! 私は大丈夫だから、じっとしていて」 「でもっ……」 「問題ないわ。お母様を信じて」  笑って見せれば、ルカは地面に頬をつけながらも唇を引き結ぶ。ただ、もうルカを悲しませるのは不本意だし、そろそろ一思いにこのアドラ大臣を人質にとって、ドーグもろとも殺ってしまおうかしら?  などと考えているときだった。 「ちょっと、待てええええいっ」  この張りつめた空気に似つかわしくない横やりが入る。ちょっと……ううん、かなり聞いたことがある声だ。どっかの女好きの顔がちらちら脳裏に浮かぶ。  だが、ぞろぞろと地下室に入ってきたのは、赤、青、緑、ピンク、黄色、水色、黒……の全身タイツ人間、七名。  ──え、やばいやつら来たんですけど。  タイツ、めっちゃ食い込んで、いろいろ見えちゃいけない物がくっきりしてるんですけど。黒と黄色のタイツマンだけ、やたらマッチョなんですけど。  私同様に思考停止していたアドラ大臣は、頭の中で情報の処理が追いつかなかったのか……。 「……つまり、要約すると、俺の目的は誰にも邪魔させない」 「……話したいこと、一気に飛んじゃったのね」  顔に出てはいないけれど、アドラ大臣の動揺がバシバシ伝わってくる。 「ほら、あれやらなきゃ始まらないっしょ」  緑のタイツマン……たぶん、というか確実にシアンがなにやら、みんなとひそひそ相談をしている。  なにを始める気なんだろう、くだらない予感しかない。もう、手っ取り早く邸ごとアドラ大臣とドーグを溶かしてしまおうか。そうすれば、研究施設もなくなるし、もう一件落着な気がする。  いろいろと面倒になっていると、「せーのっ」とシアンが掛け声をかける。その瞬間、タイツマンたちがビシッと整列した。  緑色のタイツマン(たぶんシアン)が人差し指を立て、天井に向かって突きつける。 「ひとーつ! 悪のいるところには、マスクマン!」  ……は? なにがひとつなのか、まったくもって言葉の繋がりがおかしい。 「ふ、ふたーつ……タイツマンは……どんな敵をも……ぶ、ぶっ飛ばす」  ぶっ飛ばされるのは、どちらかというとあなたでしょう。……と言いたくなるような、あのオドオドっぷり。水色タイツマンはライリーで間違いない。  すると今度はタイツがぱっつぱつで、やたら筋肉の主張が激しい黒と黄色のタイツマンが両腕の上腕二頭筋を見せびらかすようなボディビルダーポーズを決める。 「「みっーつ、筋肉こそ正義!」」  ビリビリビリッと、タイツが膨らんだ筋肉で弾け、裂ける。  ──言ってること、しっちゃかめっちゃかじゃない。というかあれ、ゴルゴンとモナよね? 「よーっつ、というかもう早く殺っちゃわない? これ、時間の無駄なんですけど」  ピンク色のタイツを頭からビリッと破り、顔を出したのはエリアルだ。 「ピンクマン、練習したのに途中で放棄すんじゃねえよ!」 「レオ、なんでノリノリなわけ?」 「俺はブルーマンだって言ってんだろうが! 役守れよ、ああん?」  あの口の悪いブルーマンは、顔を見ずともレオね。にしてもタイツマン、個性出すぎで鬱陶しくなってきたわ。  そして、ずっと立ち尽くしていた赤いタイツマンは、頭を面倒そうに掻くと、見ているこっちが気が抜けそうになるほど、のんびりとした仕草で、シャキーンッとヒーローポーズをとる。 「というわけで、タイツ戦隊タイツマン参上」  このやる気を海の向こうに投げ捨てたような男は、フィンね。 「……あなたたち、なんなの? タイツを売り込みに来たタイツ会社の回し者なの? 日頃から理解できない人達だと思ってたけど、今日は拍車をかけて、いっそう理解不能よ」 「練習したのに、それはないでしょー」  そう言って、エリアル同様に頭からタイツを破って顔を出したシアン。 「練習する時間があったら、早く助けに来てもらっていいですか? 頑張る方向性が、全面的におかしいのよ」  ま、いい。おかげでアドラ大臣の気が逸れている……というか、今度こそ思考が停止してるし。  私は密かに魔力を高めていくと……おバカの生徒たちに向かって叫ぶ。 「じゃあ、タイツ戦隊タイツマン! イエローとブラックは他のホムンクルスの救助、残りはいっせい攻撃開始!」  それに「おーっ」と歓声をあげたタイツマンたちは、ノリノリで魔法をぶっ放す。邸の天井や壁にはヒビが入り、試験管が破壊されていく。 「わ、私の邸がああああっ」  頭を抱えて叫んだドーグが、ひとりだけ地下室から逃げようとする。腹の肉をたぷんたぷんっと揺らしながら走るドーグに気づいたレオは──。 「このデブオヤジがあああ! 腹の肉ごと、丸焼きにしてやんよ!」  拳にぶわっと炎を纏わせ、勢いよく振りかぶり、レオはその背中に容赦なくめり込ませた。 「ごふっ」  脂肪の巨体が綺麗に宙を舞う。ある意味芸術的光景なので、作品名【宙を舞う巨漢】と名付けることにする。 「お嬢さん、お怪我は?」  ふと、演技臭いイケメンボイスが聞こえてくる。視線を移せば、シアンがイグ子の手を取り、その甲をすりすりと撫でていた。 「あ、ありがとうございますっ」  そして、少女漫画のヒロインさながら、イグ子が頬を染める。 「据え膳食わぬは男の恥。その唇を俺に捧げてくれ」  またイケメンボイスでシアンは言い、イグ子に顎クイする。そろそろ、イグ子の正体を教えてあげよう。 「シアン、その子……イグ子って言うのよ」 「へ? 変わった名前だね」 「だって、あだ名だもの。本名は、イグニス・ト……」 「あの豚かああああああっ」  思いっきりアッパーカットを顎に決めるシアン。「ブヒヒヒーンッ」と宙を舞うイグ子。作品名【宙を舞う豚(♀)】と名付けることにする。 「お前の話は聞かせてもらった」  みんなが好き勝手にドーグの邸を破壊している中、フィンがアドラ大臣に歩み寄る。 「国を思いしたこととはいえ、命を軽んじる研究を見過ごすわけにはいかない。その思いは受け取るが、俺はお前をしかるべきところへ突き出さないとならない」  フィンの耳飾りが輝くと、アドラ大臣は我に返った様子で立ち上がる。 「ほう……先の大戦での功績があり、騎士から大臣へと昇格した俺と、やり合うおつもりですか。腑抜け王子のあなたが」  バカにしたように鼻を鳴らし、アドラ大臣は私の髪を掴んで立たせる。 「……っ、乱暴な男ね」  痛みに顔をしかめると、フィンの顔から、すっと温度が消えた気がした。 「女を盾にして勝ち誇った顔をしているあんたに比べたら、腑抜け王子のほうがずっとマシだと思うけどな」 「動かないでください。一歩でも近づけば、この女の頭を吹き飛ばす」  アドラ大臣は魔法で銃を取り出すと、私の頭に銃口を押し付けた。 「法案が通らないのなら、もはや王宮に残る意味もない。俺はここで退散させてもらう。そしていつか、王宮に謀反を起こしましょう。最強のホムンクルスの魔法兵士を率いて」  どうしようもないほど堕ちているアドラ大臣。この男はルカたちホムンクルスにとっても、国にとっても、脅威にしかならない。  でも、この先もアドラ大臣のようにホムンクルスを利用する者たちは現れるのだろう。 「アドラ大臣、ホムンクルスはドーグ邸にいる子たちで全員かしら」 「今のところはな。……なぜ、そんなことを聞く」 「いいえ、なんでもないわ」  これ以上、誰にも知られてはいけない。ここにいるホムンクルスで全員だというのなら、まとめて抹消しよう。ホムンクルスという命が存在する事実と痕跡を。 「フィン、ホムンクルス研究に関わった貴族たちを炙り出して、ひとり残らず捕まえてちょうだいね」 「なんだよ、急に」 「頼んだわよ。それから……みんなにも伝えておいて。あなたたちがどんな未来を選んでも、それを誰かが否定しても、私だけはあなたたちの生き方を肯定するって」  最大出力で、私は闇の魔法を発動させる。「なにをするつもりだ!」とアドラ大臣が引き金を引こうとした瞬間──。 「──オーフェン・ジン・ディストラクション!」  キーンッと耳鳴りがして、世界が赤い光に包まれる中、フィンが「リッカ!」と私に手を伸ばし、走ってくるのが見えた。  もう少しだけ、特別クラスのみんなを教えたかった。フィンのいる、あの邸での暮らしも気に入っていたけれど……。  私がしなければいけないことに、気づいてしまったのだ。  ホムンクルスたちを連れて逃げる。そして、人間らしく暮らせるようになるまでは、そばにいて守ってあげなければ。  もう二度と、利用させないために。ルカのように心を育ててあげたい。そのためには──。  ここで、ホムンクルスともども、リッカ・ヴェルツキンは消えなければならないのだ。  ドオオオォォォンッとけたたましい爆破音とともに、邸が吹き飛ぶ。私は破壊魔法と並行して、この場にいた全員を闇のカプセルに閉じ込めて眠らせた。  瓦礫の山となったドーグ邸の跡地に立ち、私はルカのカプセルだけを解く。  目を擦りながら起きたルカは、周りを見渡したあと……。 「お母様、これは……!」  広がる惨状に、二の句を告げないようだった。 「ルカ、あまり長く説明している暇はないの、よく聞いて。ここにいたホムンクルスは爆破に巻き込まれて死亡……ってことにして、私はホムンクルスを連れてどこか遠くに身を隠すわ」 「ホムンクルスたちを利用させないため……だよね?」 「ええ、そうよ。ホムンクルスたちが自分で物事の善悪を見極められて、生きていけるようになるまで、導いてあげないと」  それに国の要人であるフィンたちを巻き込んではいけない。彼らがホムンクルスを利用するなどとは決して思わないが、彼らの周りにそう考える人間がいないとは言えない。 「……お母様、それなら僕も行く」 「ルカ、あなたまで付き合うことないのよ?」 「ううん、僕も同じ気持ちだから。僕がお母様に心をもらったように……同じホムンクルスの子たちにも、心をあげたい」  ルカはもう自分で物事を考えられる。ルカ自身がそう決めたのなら、私はもう止められないわね。 「それなら、僕も連れていくパウ」 「パウパウ! あなた、邸に残ってたんじゃなかったの?」 「面白そうなことになったそうな予感がして、追いかけてきたパウ」 「あなたね……まあいいわ」  狭間の魔物とか物騒だし、パウパウだけをあの邸に置いていくわけにもいかないわよね。 「それじゃあ、行きましょうか」  私はルカの手を取り、最後にフィンたち生徒を振り返る。  卒業まで見届けたかったけれど……さよならね、みんな。  寂しさを振り切って、私は前を向いた。  ゴルゴンとモナが助けたホムンクルスたちと、カプセルの中に眠っているホムンクルスたちを連れて、その身だけで私たちは王都を離れるのだった。
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