家出します、探さないでください

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家出します、探さないでください

 ダートルから帰還した翌朝。  疲れているだろうからと、フィンの使用人の仕事は休みにしたのだが、いい加減にお昼を回るというのに、なかなか部屋から出てこない。  まだ寝てるのかしら?  でも、あのぐうたら王子は一度でも生活リズムを崩すと、なかなか元に戻せなくなりそうだ。  仕方ない、叩き起すしかないわね。  パウパウを部屋に残し、廊下を歩いていた私はフィンの部屋の前で足を止める。 「フィン?」  ノックをするけど返答がないので、私は構わず戸を開けた。 「入るわよ!」  中に入り、真っ先に目に入ったのは、いつも寝てばかりいるわりに引き締まった胸板。日差しを浴びて、かすかに輝いてすら見えるきめ細やかな肌をした……裸体。  フィンは一糸まとわぬ姿で、ベットに仰向けに寝ていた。しかも、なにより許し難いのは、その隣にルカが添い寝していることだ。 「……な、なな……」  まさか、襲ったの? 私のルカをおいしく頂いちゃったの?  私は、ぶるぶると怒りに震える。 「 許せない……………………殺す!」  ペンダントに触れ、魔力を最大限高めると、私はロリコン王子に手をかざす。 「オーフェン、エド、ミニハーレ!」  拘束魔法を使えば、ジャランッとフィンの首輪から鎖が伸びた。  私はそれをしっかり握りしめると、足を大きく開いて踏ん張り、釣竿を振るうかのように、空いた窓に向かってフィンを投げ飛ばした。 「いっぺん死んでこいや!」 「ぐええええええええーっ」  断末魔の叫びが、外から聞こえる。  今頃、邸の窓から吊られた裸王子が、ぶらんぶらと揺れていることだろう。イチモツとともに。  そして、それを見た使用人から「キャーッ」と悲鳴があがる。 「私の息子を辱めた罪は重いのよ」  ベットに近づけば、ルカが「お母様……?」と目を擦りながら身体を起こす。 「おはよう、ルカ〜っ、愛してる!」  その体を抱き締めれば、「恥ずかしいよ」ともじもじしつつ、背中に手を回してくれた。 「もう、なんでまたフィンの部屋なんかにいるのよ?」 「この間のダートルの魔法教育に関しての案、前のままだと、現実的に実現しにくいところもあるから……。いろいろ相談にのってもらってたんだ」  フィンは曲がりなりにも王族。法案の最終決定は王家にあるから、どういう点で否決されやすいのか、助言を貰う相手としては適任ね。  それに、フィンは子供だからとルカの考えを突っぱねなかった。  それがますますフィンの株を上げているのは複雑だけれど、ルカの自主性を伸ばすためならば、そこは温かく見守るべき……なんでしょうね。ああ、耐え難い苦痛だわ。 「どんどん大人になっていくあなたを嬉しくも思うし、ちょっぴり……いや、かなり寂しいわ」  んーっ、と唸りながらルカを抱きしめていると、「失礼いたします!」とゴルゴンの声。入室を許可すれば、ゴルゴンはフィンを抱えていた。  しかも、ここまでお姫様抱っこで運んできたらしい。使用人たちの精神的苦痛は、ますますひどくなりそうね。  ただでさえ、フィンが来てからというもの、邸ではいろいろあった。これまでも何人か出ていた退職者が、倍に増えるかも。  お父様の小言も増えそうなので、今から面倒だなと思っていると、フィンが力なく瞼を持ち上げる。 「俺は……大事なものをいろいろ失った気がする……」 「あなたに失うものがあったことに驚きね。どんな理由があったにせよ、裸で私のルカと寝るだなんて、どう責任とるつもりかしら」 「責任って、あんたな……」  フィンはゴルゴンに降ろしてもらうと、頭を掻きながら服を着る。そこでルカがフィンから目を逸らして、そわそわしているのに気づく。  まさか、ルカ……? フィンを意識しているの? そんなっ、我が子が露出狂王子の毒牙に──って、おかしいのは……私? 男の子でも思わず目を背けるのに、フィンの裸を見て普通に会話してる私……麻痺してる! 私の常識が麻痺してる!! 「ルカは男だろ。女じゃあるまいし、大袈裟だ」  私のルカをナメないでもらいたい。 「この愛くるしさを前にして、襲わない人間がいると思うの!? その目は節穴か!」 「あんた……ルカのこととなると、被害妄想に拍車がかかるよな……」  表情に疲労を滲ませながら、フィンがベッドに腰かけたときだった。 「それはそうと、お嬢様! 王宮より、召喚状が届いております」  ゴルゴンが懐からスッと封筒を取り出し、私に差し出した。  それを受け取れば、金粉を含んだ薔薇の蝋封がされている。これは王家の紋章、この手紙が間違いなく王宮から届いたものだと証明している。 「……これはフィン宛に?」 「いいえ、お嬢様宛にです」 「……なぜかしら、しょうもないことに巻き込まれる予感しかしないわ」 *** 【お母様へ エリアルはもう帰りません。探さないでください】  召喚状なんて、わざわざ寄こしてくるくらいだ。それはもう重大な任務でもあるのかと……いや、そうでないのなら呼ぶなよと言いたいところだけれども、これはない。  女王自ら私を謁見の間に呼びだして、『ううっ、これを見てほしいの!』と号泣しながら、従者を介して渡してきたもの。それは、エリアルの家出を思わせる手紙だった。  手紙は寮から送られているのだが、寮からも姿を消しているらしく、行方がつかめないのだとか。 「で、なぜ私が呼ばれたのか、いまだに理解が追いつかないのだけれど……。理由を聞いたら最後、絶対に面倒な目に遭いそうですし、ここら辺で帰ります。それでは、ごきげんよう」  王座に腰かけているのは曲がりなりにも女王だ。たとえ、どうでもいいことで、ルカとの貴重な休日を邪魔されようとも、にっこり微笑んで立ち去るくらいの余裕はある。  嫌な予感がする呼び出しだったので、ルカには留守番していてもらい、ここへはフィンと一緒に来た。  帰りたい、一刻も早くルカのところに。  そう思って身をひるがえした私の腰に、ガシッと誰かがしがみついた。 「行かないで! 助けてえ!」  簡単に王座を降りてきていいんだろうか。涙と鼻水を垂らした女王が、思いっきり体重をかけて私を引き留めている。 「エリアルが家出なんて初めてなの! リッカ先生は教師としても、母親としても、子供のことをわかっていらっしゃるでしょう!?」  ああ……やっぱり、しょうもないことだった……。 「女性陛下……周りの従者たちがヒヤヒヤした顔で見てるわ。あと、騎士が私相手に剣を抜きそうになっているので……」  体裁もあるので、満面の笑みで告げる。 「即刻、去(い)ね♡」  語尾を可愛くしてあげたのに、フィンや従者たちから『表情と言動が恐ろしく合ってねえ』と聞こえてくる。きっと、空耳だ。 「女王の命令だと言っても、立ち去るのですか?」 「権力の乱用ですよ」  私ははあっとため息をつく。 「フィン、あなたの母親でしょう。こんなことで教師を呼び出さないでって、説得しなさいよ」  こんなことでだと!と、今にも噛みつかんばかりの従者たちの殺気を無視して隣に目を向ければ、フィンが欠伸をしながら立っている。 「無理だろ、息子溺愛主義だし。この間の授業参観でわかっただろ」 「なに、さも当然だろ、みたいなノリで流そうとしてんのよ。親子ともども揃いも揃って、私に面倒を見させるつもり?」  ああ、このままじゃ私、ルカとの時間が作れなくなりそうで、教師辞職しそうよ。  にしても、フィンは当てにならないわね。  たとえ、どうしようもない理由で引き止められたとしても、女王の命ならば足を止めざるを得ない。 これで心証を悪くしては、お父様の仕事に被害……ひいてはルカを養えなくなる……。 ルカのために、そうルカのために、ここは堪えなければ。 「わかったわよ……。で、私はエリアルを探せばいいのかしら」 彼が居なくなった理由なんて、ひとつしか思いつかない。 ダートルの立て直しに貢献したフィンへの劣等感……なんでしょうけれど。 【お母様へ エリアルはもう帰りません。探さないでください】、ね。 見事に兄の存在を総スルーね。これじゃあ、フィンを意識してるって言っているようなものじゃない。 「ええ、ええ、お願いっ。私の護衛を除いて、王宮中の騎士を総動員して捜索しても見つからないのっ」 「総動員……迷惑極まりない家出ね。王宮の警備とか、大丈夫なんですか?」 「私の大事なあの子になにか遭ったら……なにか遭ったら……」  ──人の話を聞いてない。  つくづくゴーイングマイウェイな親子だなと思っていると、うつむいた女王の表情に影が落ちる。 ただならぬオーラを放ち、温度が一度下がったような気がした。 「あの子になにか遭ったら、あの子を傷つけたやつを火であぶって、じわじわと痛めつけたあと、公衆の面前で斬首の刑に処す」 「とっととその口を閉じて。従者引いてるから」  ──女王の面目を保つためにも。 「……原因は、俺が王位を継がないとか言い出したくせに、ダートルで政務に手を出したからだよな……」  ほとんど口の中で呟くように言ったフィンは、かすかにうなじを垂らしている。  落ち込んでるのね、わかりづらいけど。 「事の発端は自分にあると自覚がおありで」 「……言い方。あんたは俺を追い詰めたいのか?」  そういうやつだよな、あんたは……というフィンの心の声がこもった、乾いた視線がやかましい。無論、痛くも痒くもないが。 「第一王子だから、王になれ。そう言われ続けて、自由が欲しくて、でもこの王宮から逃げられないってわかったら無気力になって……。そんな俺を、あいつはどう見てただろう」 「……さあ? 私にその問いの答えはわからないわ」  人の心なんて簡単には推し量れないし、他人が代弁すべきじゃない。 「ただ、あなたの未来にエリアルの存在は間違いなく必要よ」  もしフィンが王になるのなら、エリアルが誰よりも助けになってくれる。 血の繋がりは、うまく深められれば、無条件な愛情という強固な絆になるもの。 社交界や王宮の中は、その権力欲しさに陰謀が渦巻いているだろうし、そういうときにこそ、信じられる者が必要だ。 「この間のダートルの件で、エリアルはあなたの能力に気づいたはず。兄様がぽんこつであるうちは、なにかに秀でていなくても大丈夫。そう高を括っていたあの子は、焦っているのよ。このままでは兄に敵わない、お母様に愛想を尽かされるってね。弟が兄に劣等感を抱くのは、普通のことよ」  そこで逃げ出したっきり戻ってこないのなら、それまでだ。 ただ、エリアルは負けず嫌いでしぶといもの、こんなことで挫折するはずがない。そう私は信じているけれど。 「だから、あなたがエリアルの力を認めてあげればいい。ダートルの町民たちを導いたように、兄として弟の道を一緒に探してあげたらいいのよ」 「……兄として、か。考えてみれば、俺があいつに兄貴らしいことをした記憶がない」 「……でしょうね」  考えなくとも想像がつくわ。 「なにはともあれ、そうと決まれば、ちゃっちゃとエリアルを釣るわよ」 「「釣る……?」」  首を傾げる女王と、訝しげな顔をするフィン。 こっちから探すなんて非効率もいいところ、あのかまってちゃんな末っ子王子に、家出なんてできるわけがないのだ。 今もこの邸のどこかで、自分がいなくなって心配しているだろう母親の反応を、盗み見ているはず。 「捜索は中止していいわ。それから……お茶会をしましょうか」  にやりとすれば、女王は目を丸くし、ますます不思議そうにしている。対するフィンはというと、「あんた、なにを企んでるんだよ」と小刻みに震えていた。 「あの子が帰ってこないのに、こんなところでティータイムなんてしていていいのかしら?」  薔薇の庭園の中で、私はフィンと女王と一緒にティータイムを楽しんでいる。  女王は優雅な手つきで器用にティーカップを持ち上げ、憂うような視線を中の紅茶へと落とした。 「あの子はかまってちゃんでしょう。だからこうして、私たちが自分を除け者にして楽しんでるのがなにより許せないはずです」  テーブルにある三段トレイには、手でつまんで食べられる大きさのケーキ、スコーン、サンドイッチが載っている。  私はスコーンを上下半分に切り、クロテッドクリームとジャムを乗せていただいた。 「はむっ……んぐ、おいしい。必ず向こうから姿を現しますよ」 「そうかしら……そうだといいのだけれど……」  私はナフキンで軽く口元を拭い、しょんぼりしている女王を見る。 「女王陛下は、なぜそこまで子供たちに過保護にするんです? 留年だって、さすがに見過ごすにしても限度ってものがあるわ」 隣では石でもかじったみたいな顔でスコーンを食べるフィンがいる。耳が痛いんだろう。 「四十年前、このブルティガールは隣国レベラントと戦争中だったでしょう? だから、結婚も遅れてしまって、私は二十五のときにフィンを生んだの。でも、戦争の傷跡は想像よりも大きくてね」  過去へ旅するかのように、女王陛下の目が遠くなる。 「私も旦那も、戦争の被害に遭った町の復興に付きっきりで、フィンの子育てに時間をかけられなかったの」 「……それをずっと負い目に思っていたのか?」  フィンの問いに、女王は「当然じゃない!」と即答する。 「復興もようやく終わりが見えた十五年前。私たちもいい歳だったけど、もうひとり子供に恵まれたわ」 「それがエリアルですね」 「そうよ。でも旦那は……エリアルが生まれてすぐに病にかかって死んでしまったから、ふたりのことをあの人のぶんまで私が愛そうって心に決めたの」  女王の溺愛ぶりは、これまで政務に追われていたせいで子育てができなかった反動からきているのね。それから、旦那の分も愛情を注ごうとして。 「……女王の愛情は十分すぎるくらい感じてる。エリアルも、あんたからもらった絵本を今でも大事に持ってるみたいだしな」  フィンは照れくさいんだろう。女王のほうは見ず、両手でティーカップを包むと、やたらくるくる回していた。 「ああっ、あの狭間の魔物の絵本ね!」  パンッと両手を叩き、弾けるような笑顔を浮かべる女王。その口から放たれた『狭間の魔物』が無性に気になる。 「ちょっと、その絵本について詳しく聞きたいのだけれど」  ──パウパウの姿が頭にちらつくから! 「あら、結構有名な絵本よ? 知らない? 数多と存在する世界の狭間に、魂を喰らう魔物がいるのよ。その魔物は魂と引き換えに願いをひとつだけ叶えてくれるの。そして魔物は魂を喰らうと、その魂の持ち主が本来生きるはずだった寿命のぶんだけ狭間から出られる」  等価交換ということね。パウパウもその狭間の魔物なのかしら。でも、私には魂を死後の世界に導く役目があるとか言ってたけど……。 「俺はあまり内容の記憶がないんだが、おかしな絵本だよな。魂を魔物にやった人間は願いを叶えたら死ぬんだろ? なのに、どうして願うんだ?」  本気で不思議そうにしているので、私は呆れる。 「それがわからないのは、あなたに命を懸けても守りたいものがないからだわ。私はもし目の前でルカを失いそうになったとしたら、狭間の魔物に魂でもなんでも捧げて、助けるもの」 「私もフィンやエリアルのためなら命を懸けられるわ。フィン、あなたにもそういう相手ができるといいわね。そして、早く孫の顔が見たいわっ」  はしゃぎだす六十歳──本当にアクティブだわ。その年まで女王に君臨しているだけある。 「そういう存在、ね」  ちらりと私に視線を寄こしてきたフィンを「なによ」と睨む。  私のように一夜の過ちでそう言う存在──たとえば息子ができたとしても、うれしくないと言いたいのか。 「もし俺に、自分以上に大事な存在ができるとしたら──」  フィンがなにかを言いかけたときだった。 「どうして探しに来ないんだよ!」  しびれを切らしてか、庭園の茂みから飛び出してきた獲物──ならぬ、エリアル。  引っかかったわね、と内心でほくそ笑みつつも私は構わず紅茶に口をつける。 「かまってちゃんに裂く時間はないわよ」 「末っ子は可愛がられて当然でしょ? 探しに来ないなんてひどい!」  女王は「エリアル……」と腰を上げ、彼のもとに向かおうとする。それをすっと手で制し、私は立ち上がった。 「女王陛下、甘やかすだけが愛情じゃないんです」 「リッカ先生、でも、私はあの子に寂しい思いをさせてしまったわ」 「その償いをして、救われたいのは女王陛下でしょう?」  息を詰まらせた女王を見ていれば、それが真実だとすぐにわかる。 「本当に愛したいのなら、突き放す勇気も持って」  私も母親としてはまだまだ未熟だけれど、ルカの成長のために必要ならば、旅をさせる。 治安の悪いダートルへ赴くことを許したときのように、あえて苦境に立たせることもある。 それが功をなして、ルカは自分の進むべき道を少しずつ作っていっているのだ。 「女王陛下がフィンたちをダートルに行かせたのも、そもそも特別クラスへの移動を認めたのも、子供たちの行く末を案じたからじゃないんですか?」  最初は天然ゆえに、王子たちを旅行に行かせるくらいの軽い気持ちでダートル行きを許可したのだと思っていた。  でも、帰りの馬車でフィンは『女王が治める地はどこも平和だと信じて疑ってなかった』と言っていた。 それほど信頼されている人が、簡単に王子を危険な場所へ派遣するはずがない。ならば、息子の成長を女王もまた望んでいるのだ。 「……私ももう歳よ、いつかは女王の座を降りる時が来る」  女王は未来を憂うように目を伏せた。 「だから、ゆくゆくはフィンに王位を譲らなければと考えているわ。そのためにも、ダートル行きと特別クラスへの移動は政務に関わる息子たちには必要だと、そう思って……」 「……兄様が国王になるなら、僕はなになればいいの?」   黙って私と女王のやりとりを聞いていたエリアルが、低く震えた声で呟く。 「いつもそうだ、母様は兄様にしか期待してない! もっと僕を可愛がってよっ」  オーフェン!とエリアルが魔法を発動する。庭園の薔薇の茨が蛇のごとくくねくねと曲がりながら、こちらに襲いかかってきた。 「女王陛下、庭園をダメにすること、先に謝っておくわ」  スッと前に出る私の背に、「怪我するぞ、下がれ」というフィンの制止の声が飛んでくるが、そうも言っていられない。 「──オーフェン・ジン・バルムス」  向かってくる茨を闇魔法で腐らせる。それから、ふっ、ふふふふっと堪えきれない笑みをこぼし、エリアルを追い詰める。 「く、来るなよ!」 「ねーえ、エリアル。そんなに可愛がられたいなら、手のかかる赤ん坊にでも戻る?」 「ま、まさか……また僕に、なにか恥ずかしい格好でもさせる気!?」  後ずさるエリアルに、私は容赦なく──。 「オーフェン・バル・フォーゼ!」  変身魔法をかければ、モクモクとしたピンク色の煙に包まれるエリアル。 それが徐々に晴れていくと、エリアルはヘッドドレスを頭につけ、オムツを穿いた姿に変わっていた。 私の中の赤ん坊の姿が具現化されているので、おしゃぶりまでしゃぶっているが、無論、身体はれっきとした十四歳だ。  エリアルはぶっとおしゃぶりを吹き飛ばすと、「なにするんだよ!」と騒ぎ出す。 「ずっと子供のままでいたいのでしょう? 望みを叶えたまでだわ。そして、悪い子はね……」  もう一度、魔力を高めて、私は「オーフェン!」とエリアルに手を翳す。その顔からサーッと血の気が引くのを承知で、私は呪文を続ける。 「――オーフェン・エド・ミニハーレ」  しゅるりと庭園の薔薇の茨がエリアルの身体を捕え、宙吊りにした。私はくいっと手を動かし、茨で彼のズボンをずり下ろす。 「えっ、ええっ」  女王は両手で顔を覆い、フィンは額に手を当てていたが、私はかまわずお茶会の席に戻り、紅茶を飲む。 「悪い子にはお仕置きを、お尻ぺんぺんの刑に処す」  ぺんぺん、と手を動かせば、茨が容赦なくパシンッとエリアルの丸出しのお尻を叩き始めた。 「ふんぎゃーっ、この変態鬼畜教師ーっ」  なにやらエリアルが喚いているが、素知らぬ顔でスコーンをかじる。 「わ、私の息子が……」  額に手を当てて倒れかけた王妃を、フィンが慌てて抱き留めた。 「おい……そこら辺にしておけ。エリアルがますます王宮に居づらくなる」 「その気遣いがエリアルを惨めにさせてるのに気づいていないの? 〝兄様〟」  フィンの優しさをバッサリ切り捨てれば、エリアルが「なんだよ、なんだよ!」と怒鳴る。 「ますます王宮に居づらくなるって、なんだよ! 僕が役立たずだから、王宮じゃ肩身が狭いだろうってこと!?」 「そうじゃなない、その醜態をさらし続けたら、好奇の目で見られて居づらいだろうって意味だ!」  少し焦った様子でフィンが弁解するも、今のエリアルは感情的になっている。言葉の真意すら、きっと見えていないだろう。 「つい最近まで、無気力で役立たずだったくせに、ちょっと頑張ったくらいで、みんなからもてはやされてさ。それで王位目指しちゃうとか、兄様って単純だよね!」  フィンは王位を目指すとは言っていないけれど、確実にその道に足を踏み入れようとしている。それがエリアルにも感じ取れたのだろう。 焦る気持ちもわからなくもないが、一方的な言葉の暴力は、いい加減に耳障りだ。 「甘ったれるのもいい加減にしなさいよ」  パシンッ、ペシンッと茨がエリアルを容赦なく打つ。 「ひぎっ──、いったーいっ! 早く魔法を解いてよ!」 「その痛みは今の言葉に傷ついたフィンの痛みだと思って、心に刻みつけて」  カタンッと受け皿にカップを置けば、フィンの視線を感じた。それがどこか温かさを帯びているように思えて、なんとなく居心地が悪い。  私はフィンを視界から追い出すように、エリアルに向き直る。 「兄様にしか期待してないってあなたは言うけど、人様に心配かけるような人間が、誰かに期待してもらえると思うの?」 「むっ……それ、は……」 「あなたの主張はさっきから、ただのわがままにしか聞こえないわ」  反論材料がないエリアルは、ついに黙り込む。ようやく弾丸のような罵倒が終わり、私は茨の鞭を止めた。 「お母様にもっと自分を見てほしい、僕を認めてほしい。そもそも、あなたの期待はあなたを自己満足させるためのものでしょう」  私は三段トレイのいちばん上にあるケーキの段に、スコーンとサンドイッチを移す。 「期待とは、他者があなたの働きに希望を託せると確信できて初めて生まれるの。でも、今のあなたはあなた自信の自尊心を守るためにしか、行動していないわ」  私は下段の空になったトレイを覗き込む。 「自分のためにしか動かなければ、あなたへの期待は減ってゼロになる」  女王とフィンは止めることもせず、成り行きを見守っていた。 「ねえ、エリアル。今回の家出もそう。お母様の気を引くためにとった今回の行動は、あなたの未来を心配しているお母様を不安にさせ、ますます手のかかる子供として自分の評価を下げたに過ぎない」 「僕のしてることは、無意味って言いたいわけ?」  せめてもの抵抗なのか、エリアルが睨んでくる。私は再び立ち上がり、宙吊りになっている彼に近づくと、真っ向から見上げた。 「あなたがあなたを信じてあげないでどうするのって、そう言いたいのよ」 「え……」  エリアルが二、三、瞬きをする。 「エリアル、少なくとも私は、ダートルであなたやみんなに助けられたわ。ルカが攫われたとき、一緒に助けに行ってくれたでしょう」 「あんなこと、ただの気まぐれだし……」 「ただの気まぐれでも、おかげで私は愛する人を失わずに済んだ。大きなことを成し遂げようとか、そんなふうに背伸びをする必要なんてないのよ。小さな思いやりで、救われる人がいるんだから。……あなたは、もう誰かの役に立ってる」  エリアルの唇が震え、その瞳がうっすら涙の膜を張る。 「甘えん坊と見せかけた小悪魔っぷりは、人に取り入る才能にもなる。自分を高く見せる短所は、腹黒い貴族や大臣たちと対等に渡り合うための鎧だわ。クラスの気に入らない生徒や教師をイジメて辞めさせたみたいに、手段を選ばないで目的を達成する傲慢さもまた、フィンにはない武器。世の中、綺麗事だけじゃ回らないことってあるから」  私は泣くのを堪えているせいで、酷い顔になっているエリアルに苦笑いしつつ、その頭に手を載せた。 「あなた自身に、誰にもない武器があることを知りなさい。そして、心から誰かの役に立ちたいと思ったとき、初めて人はあなたに希望を見出すのよ」  ぽろっと、エリアルの瞳からひとしずく涙がこぼれた。エリアルはもう家出はしないだろう。それがわかり身をひるがえすと、私は〝あとはなんとかしなさいよ、お兄様〟とフィンに顎をしゃくって見せる。 フィンは女王から離れて、気まずそうに視線を彷徨わせながらではあるが、エリアルに近づいた。 「……こんなことを言ったら、またお前を怒らせるんだろうが……。俺はまだ、王位を継ぐ自分が想像できてない」 「…………」  無言でいるエリアルも、むすっとした顔で視線を逸らしていた。だが、理不尽に言い返さないところを見れば、兄の言葉を聞き届ける気はあるのだろう。 「でも、もしそうなったとしたら……お前が補佐してくれれば、心強い。怠け者の俺の尻を叩く人間が必要だろ」 「それ、自分で言ってて情けなくならないわけ? 怠け者って自覚あるなら、馬車馬みたいに働きなよね」  頬をぷっくり膨らませ、そっぽ向くエリアルは耳まで真っ赤だ。 「そうだな、でも長年染みついた性格だ。俺が簡単に働き者になるなんて、理想論だろ」 「ま、まあ、そういうことなら、僕がついててあげないとだよねえ」  本当に素直じゃないわね。  和解したのを見届けた私は、苦笑いでパチンッと指を鳴らす。その瞬間、茨の拘束は解け、宙に釣られていたエリアルが落ちる。 「ちょっ──いきなり魔法解くなよ!」 「エリアル!」  エリアルをとっさにフィンが抱き留めた。……まではよかったのだが、どこからか「きゃああっ」と悲鳴があがった。  庭園沿いの外廊下を見れば、通りかかった貴族のご令嬢たちが身を寄せ合ってこちらを眺めている。 「……あれはなに?」  眉を寄せる私に、女王は忘れてたとばかりに「あ!」と口を押さえた。 「あの子たち、フィンとエリアルの婚約者候補なのよ。私、彼女たちとお茶会をする予定だったの。ほら、敵情視察?」  うふふっと両手を合わせて微笑む女王。敵情視察って、婚約者候補を本気で見つける気、あるのかしら。  それにしても、困った。  彼女たちの視線はヘッドドレスとオムツ姿のエリアルを抱きしめるフィンに向けられている。それこそBL的な構図がまずかった。 「ね、ねえあれをご覧になって。兄弟で、あんなこと……」 「愛し合っているのですわ。禁断ゆえに、愛の形があのように歪んでしまったのですわね」  ──どうしよう、私のせいで王子たちの婚期が遠のく。  いたたまれなさそうに身を寄せ合っているBL兄弟だったが、エリアルが俯きながら、よろよろと立ち上がった。 内股でふるふると震えながら「うっ、ぐすっ」と鼻をすすり、嗚咽をもらす。そして、眉を吊り上げると、涙目で私を指さす。 「あいつが犯人です!」
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