紫陽花の咲く

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「正式にはここに暮らすちょっと前から、かな。その前はずっと友達っていうか、セフレっていうか……お前の存在がキッカケ」  なんて言うことだ。自分の存在がキッカケだって?  葵登は苦虫を噛み潰したような顔で直を見た。 「なんすかキッカケって」 「んー。まあ、男の同居人が来るんだって聞いて…あ、やばい悪い虫がつく前に。男と一つ屋根の下に暮らさせるなんてムリムリ。その前にもらってしまおう、と。セフレから卒業したいと言った」  セフレという生々しい言葉に最初に見てしまったあの光景を思い出した。葵登の知らないときも、付き合う前から二人はああいう関係だったのだ。くそ。 「ノリさんにたくさん映画とか音楽を教えてもらったけど……それは直の影響でしょ」    女の子に「なんかいいよね」と言われたのは葵登がノリさんに影響を受けたからだ。彼に似合うような男になりたくて、10歳の年の差を超えたくて、いい男になろうと努力したから。  だけど悔しいけど、それはノリさんに発揮されることはない。ノリさんにとって愛情の対象は直だけなのだ。 「ノリは……そうだな、親の縁が薄かったみたいで孤独感が強いんだ。だからお前みたいなやつを居候させたり、誰かと一緒にいたがったりする。危なっかしい時期もあって、知り合ったのはその頃だな。身体で寂しさを埋めようとしててさ……いつの間にか気持ちでも埋めてあげたくなった。俺の片思いは長かったよ」  映画では必死に元カレの気持ちを引こうとやっきになる姿が描かれている。片思いはつらくて苦しい。 「それでノリさんにたくさん映画とか教えてあげたんだ」 「同じものを観て気持ちを共有するっていうのは大事だよ。ノリの感じる気持ちをわかってあげたかったし、俺の気持ちも伝えたかった。セックスするより何かの作品に触れている時間の方が長くなって、それからノリが少しずつ俺を見てくれるようになって……やっとここまでたどり着けた」  ひょうひょうとした直からはわからなかった純情に葵登は小さく笑った。 「オッサンが必至だな」 「うるさいよ。お前もいつか本当に好きな人ができたらわかる。何が何でも、恥ずかしくても必死でも誰かと捕まえたいって思う気持ち」  そうだね、と葵登は口元をゆがめた。  そういう俺だってノリさんを必死で捕まえたいんだよ。まだ言えないでいるけど。  ノリさんに恋をする男が2人並んで恋愛映画を見ている。それは滑稽でもあり、せつない時間でもあった。  
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