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ニュースが梅雨入りをアナウンスし、それを表す様に連日雨が続いた。
庭の緑が生き生きと育ち色を濃くしていく。どこから紛れ込んだのか水瓶に蛙が住んでゲコゲコと暢気に鳴いている。
淡い青色の紫陽花が雨をはじき、透明なしずくをこぼしているのを葵登はぼんやりと眺めていた。ここに来た時にはわからなかった植物の名前も今はわかる。
直は取り掛かっている映像の締め切りが近いと言って会社にこもったまま数日返ってこない。ノリさんは目に見えてさみしがって、自分も仕事を詰めた。
葵登がいるというのに直がいないだけでノリさんは元気がない。何か映画を観ようと誘っても「また今度ね」と言って部屋にこもってしまう。
ノリさんにとって葵登は知人に頼まれた居候でしかないのか。一緒に暮らしてきて、重ねた時間はノリさんに何ももたらせていないのか。
葵登が変わっていったようにノリさんも変えてみたかった。影響をどこかに与えてみたかった。
直のようにノリさんを作っていくことができない。それを思い知らされるようで胸が痛い。
夕暮れとともに雨はひどくなっていき、ガラス戸のむこうが見えないくらい雨だれが流れていく。遠くで雷が光った。
遅れて雷鳴がとどろく。
まるで自分の気持ちのようだと葵登は思った。
薄暗い狭い場所に閉じ込められて身動きができない。煙る雨に周りが見渡せない。雷のような激しい気持ちが身の内にこもる。
直がいなくても、葵登がいるのに。ノリさんはそれに気がつかない。
優しく笑いかけてくれても、保護者だと一生懸命になってくれても、それは葵登の欲しい愛じゃない。
さらに激しく雷が鳴り響く。
ひときわ大きな轟音がしたかと思うと、ふ、と電気が消えた。
(停電?)
薄い闇に包まれると、慌てたようにノリさんがリビングにやってきた。
「葵登……大丈夫かい?!」
そう心配そうに声をかけて。
(子供じゃない)
強く思う気持ちに葵登は飲まれていく。
光った雷にノリさんの細い体が浮かび上がる。時が……動いた。
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