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ノリさんが寝ている間に出ていこうと思ったけど、子供の葵登にはそれもできなかった。住む場所も資金もない。自分の事なのに何もできない子供であることが悔しかった。
楽しかった毎日。
空っぽだった場所にたくさんのことを教えてくれたノリさん。
いろんな理由をつけてノリさんや直と顔を合わせないように暮らした。ちょうど就活の時期も重なっていたから忙しかったのは嘘じゃない。
間もなく決まった内定を言い訳に、引っ越しの準備もした。
住む場所も引越しの日取りも決まってからここを出ることを報告すると、ビックリした後に傷ついた表情を葵登に向けた。
「葵登の人生だから好きにしたらいいとは思うけど……相談くらいしてほしかったよ」
そういうノリさんは最初と同じ保護者のような表情で、あの時のことはなかったことにされているのが悲しかった。ノリさんに何も残せなかった。知り合いに頼まれて面倒を見ている子供の葵登。ただそれだけでしかなかった。
「今までありがとうございました」
深く頭を下げると、ポロリと涙がこぼれた。
好きです。
ノリさんが好きです。
あふれる気持ちは行き場を失って、消えていくのを待つだけだ。
最後の食事はみんなでしようと直も交じって豪華なテーブルを囲んだ。葵登が好きだったご飯を作ったよと笑うノリさんを目に焼き付けるように見つめた。
お決まりの上映会。まったりとした時間。それがみんな終わってしまう。
翌日早くに目覚めると使わせてもらった部屋を綺麗に掃除した。
ほんの少しの荷物は部屋の隅に小さくまとまっている。ここで過ごした時間は葵登にとって忘れられないものになるだろう。
「元気でね」と見送られた玄関の横には色を無くした紫陽花が枯れるままに咲いていた。
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