ロッシュ限界

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ロッシュ限界

 ジンがチラリと窓の外に視線を送った。  『チクシュルーブ衝突体』は着々と地球に向かって落下しつつある。  ……何としても、このまま引き伸ばして落下させないと! 《じゃぁね、私は『忙しい』のよ。……あなたも昔、よくそう言ってたわよね?》  プツン……と、通信が切れる。 「おい! 待て! ミナ、よすんだ! ミナぁぁ!」  ジンの叫び声に、ミナからの返答はなかった。 「ぐ……っ!」  マイクを握りしめるジンの手甲に、静脈が浮かび上がる。 「……それにしても」  ミキが迫りくる『チクシュルーブ衝突体』を不安そうに見つめた。 「フォーエバー・アースは、どうやってあんな巨体を持つ小惑星の衝突を阻止しようとしているんでしょうか?」 「……ヤツら、この時代に逃亡する前に核燃料のウラン235を大量に調達しているらしい。恐らくそれを『チクシュルーブ衝突体』の中心に打ち込む気だろう。その極めて高い熱核反応で衝突体そのものを強力に『温める』んだ」  カイトも厳しい目つきで『チクシュルーブ衝突体』の様子を伺っている。 「あ……温めるですか? 温めると、どうなるんです?」 「『ロッシュ限界』効果を高める狙いですよ」  ショウが横から口を挟む。 「あれだけ巨大な天体になると、地球に近寄った時に『地球側』と『その裏側』で地球から受ける引力に大きな差異が出来るんです。すると、天体自身がまるで引き伸ばされた卵みたいに変形して……最後にはバラバラに崩れて形を失ってしまう限界領域を『ロッシュ限界』って呼ぶんです」 「え?じゃぁ……」  ミキが『訳が分からない』という顔をする。 「私達が何もしなくたって、あの天体は『勝手に砕けて終わり』って事ですか?」 「いや……多分、そうはならん」  カイトは機関室から送られてくる充電のデータ推移を見守っていた。 「細かい事は不確定だが、あの『チクシュルーブ衝突体』がロッシュ限界を超えるのは、地表から15000km程度の距離だろう。『遠い』と言えばそうかも知れんが、物凄い速度で落下してるからな……。そこから激突までは僅か十数分しか掛からない。仮に少しくらい『砕けた』としても、『ほぼ塊のまま』地表に落下……したんだろうよ。『史実』ではな!」  事実、メキシコのユカタン半島に残る『チクシュルーブ・クレーター』は、今でも広島型原爆10億発分とも言われる凄まじい衝撃の跡を、その地層に深く刻み込んでいる。 「ですね……でも、それは飽くまであの『チクシュルーブ衝突体』が、地球並に硬かった場合の話です。敵さんがウラン加熱で中心部を膨張させれば衝突体そのものが体積の増加に耐えられなくなって亀裂が走り、ロッシュ限界を迎えた時に砕け易くなるはずなんです」  ショウも、少しづつ大きくなる眼前の『チクシュルーブ衝突体』を固唾を呑んで見守っている。 「なるほど……細かくなれば『大気で燃え尽きる』。だから『結果的に地球地表へのダメージを最小限に抑えられるはず』って事ですか?」 「……だが、こっちも黙って見てる訳にはいかんからな」  ジンが再びマイクを握った。今度は艦内連絡だ。 「レン! 聞いてるか? 砲撃の準備はどうだ?」 《ええ、何時でも。『弾丸』はすでにレールに乗って目標も自動追尾でロックオンしています》  自信に満ちた答えが返ってくるのを耳に入れながら、充電の表示に眼をやる。……充電量は80%を超えていた。 「よし……行くぞ。レン、艦首の砲口を開けろ! 超電磁砲(レールガン)発射用意だ! 敵機が『チクシュルーブ衝突体』にウランを撃ち込んだら、そこへ目掛けてカドミウム弾を撃ち込むんだ!」  フォーエバー・アースが用意しているであろうウラン235は、カドミウムと接触すると熱核反応が停止する性質がある。これで、彼らの目論見を潰すのだ。 《了解!》  素早い返事とともに、艦首にある砲口のシャッターが開いていく。 「充電、90%を超えたぞ!」  カイトが叫ぶ。後は、フォーエバー・アースの船がウランを撃ち込むタイミングを……。  次の瞬間。  ドドォォ……ォォ……ン!    激しい振動が船を襲う。 「どうした?! 何があったぁ!」 「ひ……被弾です! 第16区画と17区画に損傷っ!」
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