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裏山
私の息子は、決して高価ではない天体望遠鏡と使い込んでぼろぼろになった星座早見盤がお気に入りの、天体観測を趣味にしている今時珍しい中学生だけど、街の明かりに鈍く隠されくすんだように見える夜空は、自分が子どもの頃のそれとはすっかり変わってしまった。
今では自転車で、少し離れた場所にある小学校の裏山に登って見晴らしのよいところまで出ないと、本当の満天の星々を眺める事はできない。
私が少年だった頃、夜の裏山へ何度も足を運んだ。足場が十分に整備されていなかったから、わざわざ夜にくる物好きもいなくて一人になりたい時にはうってつけだった。
子どもの時間は決して楽しいばかりではなく、ちょっとつらいことも結構あって、そんな日は夜、家をこっそり自転車で抜け出して裏山に登り一人でずっと星を眺めて過ごした。
それは私にとって一種の儀式であり、そのうちに気持ちが落ち着いて、次の日にはいつものように学校にも行けるようになった。
家でも学校でもない場所で過ごす時間に何度も助けられた。それは小学校の後半から中学に上がってしばらくしても続いた。
最近、息子が夜になると「星を見てくる」と言って裏山へ出かけるようになった。
バックパックに双眼鏡と星座早見表と温かい飲み物を容れた水筒を突っ込んで、自転車にまたがった姿に、かつての自分が重なる。
流星群でもスーパームーンでもない、イベントとは無関係の何でもないただの星空を眺めに出かけていく。
多分、趣味としてだけでなく彼には彼の理由があるのだろう。
大人の懐古趣味でなく今の子どもにも避難所がきっと必要なのだ。
立ちこぎでみるみる遠くなっていく背中を見送る。
ー慌てないでいいから、ゆっくりと眺めておいで。
そして、十分にリセットして、明日も大丈夫だと思えたなら、気を付けて帰ってくればいいー
完
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