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慌てて適度に距離をとったが、エレベーターの中にはいたたまれない雰囲気が流れている。 僕と雛田さん。 エレベーターの中には2人しかいない。 何とかしてこの雰囲気を変えなくては……と頭を捻っている僕の隣で、雛田さんが言った。 「サンプル……使ってみたんです」 「……は、はいっ!いかがですか、使用感とか」 ありがたい。 聞きたかったことを先に言ってくれた雛田さんに感謝だ。 「すごくいいです。サッパリしてスッキリして。でも、ちゃんと潤うんです!」 「そうですか!良かったです!今日見ても、お肌の調子がいいなぁと思ったんですよ」 「あ、ひょっとして。さっきじっと見てたのはその事を確認していたんですか?」 雛田さんは軽く笑った。 「いやぁ、はい。職業柄、そういうの気になっちゃって……」 「上杉さんて、本当にお仕事が大好きなんですね。羨ましいなぁ」 その言葉にはどこか含みがあった。 雛田さんは、ひょっとして仕事が嫌なんだろうか? やはり、肌トラブルは仕事のストレスも要因なんじゃ……。 そんなことを考えている間に、エレベーターは一階に着いていた。 「じゃあ、私はこれで」 「待って、雛田さん。あの……」 丁寧に頭を下げる雛田さんを僕は思わず呼び止めた。 が……後が続かない。 仕事の何かに悩んでそうな雛田さんの力になりたい。 素直にそう考えたのに、頭の中に燻るだけで、口から全く出てこないのだ。 「えっと、何でしょう?」 首を傾げる雛田さんを見て、僕は一度頭を空っぽにした。 すると、ごく自然な理由がふと思考の中に現れた。 「は、肌荒れとか……のお手入れの仕方。詳しく聞きたくないですか!?」 「え?」 今度は面食らったように固まる雛田さん。 ヤバイな、自然な理由だと思ったのに違ったかな? 言い方が悪かったのか? 変な男だと思われただろうか? 僕は微かに冷や汗をかきながら、顔は涼しいままで、雛田さんの答えを待つ。 「あ、それは、色々教えてくれる……と言うことですか?お肌を美しくする秘訣とかを」 「そうです!その通り!」 僕は雛田さんに大きく何度も頷いて見せた。 すると、表情を緩めた彼女が、おかしそうに目の前で笑ったのだ。 「ふふっ。あの、だったらご飯でも食べに行きますか?いろいろ教えてください」 「はい!何でも聞いて下さい!何でも答えますから!」 「上杉さんって、面白い人ですね」 そう言って、身を屈めて笑う雛田さんは、前に見た時よりももっと、素敵な笑顔をしていた。
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