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その後、僕と雛田さんは会社近くのビストロに行った。
煉瓦造りのお洒落な店は、パスタからハンバーグとメニューも多い。
そして、何より驚いたのは値段がリーズナブルなことだ。
美味しくて安いという素晴らしいお店で、僕達の話もかなり盛り上がった。
雛田さんがいつから肌荒れに悩んでいたか、とか。
僕がどうしてこの会社を選んだのか、だとか。
実に様々なことを僕達は話した。
更にお酒が入ると口も軽くなる。
雛田さんは、グラスワインを傾けながら、仕事のことを話し出した。
「ダメだなぁ……私、本当に要領悪くて……」
「そうは見えませんよ?めちゃくちゃ段取り良さそうですけど」
「いやいや、全然そんなことないです。はぁー……せめて、迷惑かけないようになりたい」
雛田さんは視線を落とし頬杖をつく。
そして続けた。
「どうやったら、上杉さんみたいに仕事を好きになれるかなぁ?」
「うーん。そうだなぁ。僕の場合はとにかく我慢しないことかな」
「我慢しない?」
「今こうやって、お酒を飲みながら愚痴を吐き出すのもそうだし、仕事でもとにかくやりたいことをやる……あ、ルールの範囲内でね?」
「やりたいことを……」
そう呟くと、雛田さんは何かを考えるように天を仰いだ。
僕は僕で、少しカッコつけ過ぎたかなと反省している。
「我慢しない」とか「やりたいことをやる」とか、世の中がわかってない青二才の言葉みたいで恥ずかしい。
もっと、雛田さんの立場に立ったアドバイスが出来ないものか。
自己嫌悪に陥っていると、前から視線を感じた。
「上杉さん」
「は、はい」
「ありがとう」
「……え?」
どうしてお礼を言われたんだろうか?
意味がわからず僕は首を捻る。
だけど、雛田さんは清々しい笑顔で笑っていた。
その何かを吹っ切ったような表情に僕は一瞬釘付けになった。
「それで、あの洗顔料はいつ発売ですか?」
「……あ、あれね!今度の土曜日、大安吉日!」
「わぁ、大安吉日!馬鹿売れ間違いなしですね!」
「そうかな?」
「ええ!だって私が箱買いしますから」
僕は思わず吹き出した。
それを見て雛田さんが溢れるように笑う。
ああ、なんだかこういうのいいな。
気持ちが安らぐような心地よさが、胸の中に広がって染み渡る。
僕はこの時初めて、雛田さんに惹かれていることを意識した。
一頻り話終えると、僕達は駅に向かいそこで別れた。
あえて連絡先を聞かなかったのは、また会えると思ったから。
同じビルに毎日行くんだし、偶然会えなくても、今度は自分が探しに行けばいい。
三星商事に行けば、雛田さんは必ずいるんだから。
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